◆作品情報
| 監督・脚本 | 是枝裕和 |
|---|---|
| 出演 | 福山雅治、広瀬すず、役所広司、吉田鋼太郎ほか |
| 配給 | 東宝、ギャガ |
| 公開 | 2017年 |
| 上映時間 | 124分 |
| 製作国 | 日本 |
| ジャンル | 法廷サスペンス、ミステリー、ヒューマンドラマ |
| 視聴環境 | U-NEXT、自室モニター、nwmヘッドホン |
◆キャスト
- 重盛朋章:福山雅治 代表作『そして父になる』(2013年)
- 三隅高司:役所広司 代表作『PERFECT DAYS』(2023年)
- 山中咲江:広瀬すず 代表作『ちはやふる -上の句-』(2016年)
- 山中美津江:斉藤由貴 代表作『雪の断章 -情熱-』(1985年)
- 摂津大輔:吉田鋼太郎 代表作『おっさんずラブ LOVE or DEAD』(2019年)
◆あらすじ
弁護士の重盛朋章は、同僚の摂津から依頼を受け、殺人事件の被告人・三隅高司の弁護を担当することになります。三隅は勤務していた食品会社の社長・山中光男を殺害し、遺体に火をつけたとして逮捕されていました。しかも三隅には30年前にも殺人を犯した前科があり、このままでは死刑判決が下される可能性が高い状況です。
重盛の目的は、事件の真相を突き止めることよりも、裁判で死刑を回避することでした。しかし三隅と面会を重ねるうちに、奇妙な違和感を覚え始めます。三隅は犯行を認めているものの、金銭目的だったと言ったかと思えば、被害者の妻から殺害を頼まれたとも話し、その供述は何度も変化していきます。

さらに調査を進めると、三隅が被害者の娘・咲江と親しくしていたことも判明します。何が真実で、何が嘘なのか。勝つための裁判をしてきた重盛自身も、次第に「人を裁くとはどういうことなのか」という問いに向き合うことになります。
ここからネタバレありです。
▼ ネタバレあらすじ・結末を読む
重盛が調査を続ける中、咲江は父・光男から長年にわたり性的虐待を受けていたことを告白します。そして三隅はその事実を知っており、自分を救うために父を殺したのではないかと語ります。重盛は、三隅が咲江を守るために光男を殺害した可能性を考え始めます。

ところが裁判が進む直前、三隅は突然「自分は殺していない」と主張します。これまでの供述さえ嘘だったと言い始め、重盛に「私を信じてくれますか」と問いかけます。重盛は混乱しながらも、依頼人の言葉を尊重し、無罪を主張する方針へ転換します。
しかし裁判では三隅の主張は受け入れられず、最終的に死刑判決が下されます。
その後、重盛は三隅との最後の面会を通じて、彼が本当に殺したのか、それとも咲江を守るためにあえて死刑になる道を選んだのかを考え続けます。しかし三隅は明確な答えを与えません。
事件の真相は最後まで確定しないままです。重盛も観客も、「真実」とは何なのか、「裁判は本当に人を正しく裁けるのか」という答えのない問いを残されます。『三度目の殺人』は、犯人探しではなく、人が人を裁くことの危うさそのものを描いて幕を閉じます。
◆『三度目の殺人』の考察と感想
『三度目の殺人』を観終わって最初に思ったのは、「結局、三隅は本当に殺したのか?」ということだった。
普通のミステリー映画なら、最後には犯人や動機が明らかになり、「なるほど、そういうことだったのか」と納得させてくれる。しかし、この映画は最後まで答えを出してくれない。むしろ、観れば観るほど何が本当なのか分からなくなっていく。
俺は最初、三隅は間違いなく犯人だと思って観ていた。本人も殺したことを認めているし、30年前にも殺人を犯している。弁護士の重盛も、無罪にしようとしているわけではなく、どうすれば死刑を回避できるかというところから弁護を始めている。
つまり、最初から「三隅が殺した」という前提で物語が進んでいる。
ところが、三隅の供述はどんどん変わっていく。
金が目的だったのか。被害者の妻から殺害を頼まれたのか。それとも、被害者の娘・咲江を救うためだったのか。挙げ句の果てには「自分は殺していない」と言い出す。
普通なら「こいつは嘘つきだ」と思うところだ。
ただ、役所広司演じる三隅を見ていると、それだけでは片付けられない不気味さがある。
嘘をついているようにも見えるし、本当のことを言っているようにも見える。感情があるようで、どこか空っぽにも見える。この「何を考えているのか分からない」という三隅の存在そのものが、この映画の一番怖いところだったと思う。
そして、俺がこの映画で一番考えさせられたのは、実は殺人そのものではなく、裁判という仕組みだった。
重盛は最初、「真実」をそれほど重要視していない。
弁護士の仕事は真相を解明することではなく、依頼人にとって最も有利な判決を得ることだと考えている。三隅が本当は何を考えているのかより、どのストーリーなら裁判官や裁判員を納得させられるかを考えている。
検察も同じだ。
そして裁判官も、必ずしも真実だけを追いかけているわけではない。
裁判には時間があり、手続きがあり、法律があり、それぞれの立場がある。
ここが怖い。
俺たちは何となく、「裁判をすれば真実が明らかになる」と思っている。
しかし、この映画を観ると、裁判とは必ずしも真実を探す場所ではなく、提出された証拠と証言を使って一つの結論を出す場所なのだと気づかされる。
事実が一つしかなくても、それを見る人間によって意味は変わってしまう。
その象徴が咲江だと思う。
彼女は父親から性的虐待を受けていた。
もし三隅がその事実を知り、咲江を救うために父親を殺したのだとすれば、三隅は「殺人犯」であると同時に「咲江を救った人間」にもなる。
もちろん人を殺すことは許されない。
でも、虐待され続ける少女を誰も救わなかったという事実もある。
父親の行為を知りながら止めなかった母親。周囲の大人。そして社会。
そう考えていくと、「では誰が悪いのか」という話がどんどん複雑になってくる。
この映画は、その答えを出さない。
むしろ「お前ならどう裁く?」と観客に突きつけてくる。
そしてタイトルの『三度目の殺人』。
俺はここが一番面白いと思った。
一度目は30年前に三隅が起こした殺人。
二度目は今回の山中光男の殺害。
では三度目は何なのか。
俺は、裁判によって三隅が死刑になることを「三度目の殺人」と捉えた。
もちろん、これが唯一の正解ではないと思う。
三隅自身が自分を殺したとも考えられるし、司法が三隅を殺したとも考えられる。あるいは、重盛たち弁護士や検察、裁判官まで含めた制度全体が、一人の人間を死へ追いやったとも考えられる。
このタイトルが秀逸なのは、映画を観終わった後になって初めて意味を考え始めるところだ。
俺は三隅が実際に光男を殺した可能性は高いと思っている。
咲江が父親から虐待されていることを知り、彼女を救おうとした。
そして最後に「自分は殺していない」と主張したのは、咲江を裁判に巻き込ませないためだったのではないか。
もし咲江が法廷で虐待を証言すれば、彼女は父親から受けた行為を世間にさらすことになる。
三隅はそれを避けるため、自分一人で罪を背負うことを選んだ。
俺にはそんなふうにも見えた。
ただし、映画はそこを確定させない。
それが、この作品の良さでもあり、もどかしさでもある。
福山雅治演じる重盛も良かった。
最初は冷静で、自信に満ちていて、裁判を一種のゲームのように扱っている。しかし三隅と接するうちに、自分の常識が少しずつ壊されていく。
最後には、重盛自身が「人間のことなんて、本当には分からない」という場所まで連れていかれる。
俺たち観客も同じだ。
三隅を理解しようとする。
咲江を理解しようとする。
重盛を理解しようとする。
でも最後には、誰の心の中も完全には分からない。
人間とは、そんなものなのかもしれない。
派手な展開も、大どんでん返しもない。
それでも観終わった後、妙に頭から離れない。
「真実とは何なのか」
「人が人を裁くとはどういうことなのか」
「法律で出した答えは、本当に正しいのか」
そんなことを考え続けてしまう。
スッキリした答えを求める人には、かなりモヤモヤする映画だと思う。
でも俺は、このモヤモヤこそが『三度目の殺人』の面白さだと思った。
答えがないから、観終わった後も映画が続いている。
そんな作品だった。

momoko
「法定ドラマの面白さに触れた作品って言えるわ。yoribouが法廷ものが好きなのが分かるお手本のような作品よね。」

yoribou
「真面目にこの作品は面白かった。法廷ものの作品の面白い側面をギュッと閉じ込めた感じだね。」
◆似ている作品・おすすめ映画


【映画】真実の行方(1996年)
殺人事件を担当する弁護士が、何を考えているのか分からない被告人の言葉に翻弄されていく法廷サスペンスです。「人を信じるとは何か」というテーマが、本作と強く重なります。
◆もて男目線で考察
もて男目線で見ると、この映画で大切なのは「相手の言葉だけで人を判断しない」ということです。三隅は言うことが毎回変わり、咲江も心の奥に大きな秘密を抱えています。人間は、本音をすべて口にするわけではありません。女性との関係でも同じで、表面の言葉だけを追いかける男性より、表情や沈黙、その背景まで感じ取れる男性のほうが余裕があります。相手を簡単に決めつけないこと。それが本当の意味での大人の格好良さなのだと思います。
◆教訓
人は見えている事実だけで他人を裁けるほど、その人の真実を知っているわけではありません。
◆評価
| 項目 | 点数 | コメント |
|---|---|---|
| ストーリー | 19 / 20 | 供述が二転三転し、最後まで真実を掴ませない 構成が秀逸です。 |
| 演技 | 19 / 20 | 役所広司の底知れない不気味さと、福山雅治の 揺れ動く演技が光ります。 |
| 映像・演出 | 19 / 20 | 面会室や法廷の静かな演出が、登場人物の心理 と緊張感を際立たせています。 |
| 感情の揺さぶり | 20 / 20 | 三隅と咲江の関係が明らかになるほど、誰を 信じるべきか心を揺さぶられます。 |
| テーマ性 | 20 / 20 | 真実とは何か、人が人を裁くことはできるのかを 鋭く問いかけます。 |
| 合計 | 97 / 100 | 答えをあえて示さず、司法と人間の曖昧さを 観客に考え続けさせる重厚な法廷サスペンス です。 |
◆総括
『三度目の殺人』は、殺人事件の真相を解き明かす映画というより、「そもそも人は他人の真実を知ることができるのか」を問いかける作品です。
三隅の供述は何度も変わり、最後まで彼が何を考えていたのかは分かりません。重盛も当初は、真実より裁判で有利な結果を得ることを優先していましたが、三隅と向き合ううちに、自分が信じてきた司法や、人を裁くことそのものに疑問を抱いていきます。
三隅が咲江を救うために父親を殺したと考えることもできます。しかし、本作はそれすら明確な答えとして提示しません。
だからこそ、この映画は面白いのです。
普通のミステリーなら、最後に真相が明らかになります。しかし本作は逆で、最後まで観たからこそ、何が真実だったのか分からなくなっていきます。
そして、「三度目の殺人」とは何だったのでしょうか。三隅による殺人なのか、司法による死刑なのか、それとも誰かの心を殺すことを意味しているのか。その答えは、観た人それぞれに委ねられています。
派手な展開の作品ではありませんが、役所広司と福山雅治の緊張感ある演技も素晴らしく、観終わったあとまで考えさせられる重厚な法廷サスペンスです。
「真実」と「裁かれた事実」は、本当に同じなのでしょうか。
その問いが、映画が終わったあとも静かに残り続けます。
🎧 映画の余韻を、もう少し良い音で
『三度目の殺人』は、派手なアクションよりも、三隅と重盛の会話や沈黙、声の微妙な変化が印象に残る作品です。
今回、俺は自室モニター+nwmヘッドホンで鑑賞しました。映画をじっくり観るときは、映像だけでなく「声がどう聞こえるか」で没入感もかなり変わります。
nwm ONEは耳を完全にふさがないタイプなので、長時間の映画でも圧迫感を抑えながら使いやすいのが特徴です。映画やドラマを自宅で観る時間が長い人は、鑑賞環境の選択肢としてチェックしてみてください。
▶ 今回の映画鑑賞で使った「nwm ONE」を見る


コメント