「世界を変えた男は、誰よりも不器用だった。」
◆作品情報
【監督】ダニー・ボイル
【脚本】アーロン・ソーキン
【原作】ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ』
【出演】マイケル・ファスベンダー、ケイト・ウィンスレットほか
【配給】ユニバーサル・ピクチャーズ、東宝東和
【公開】2015年
【上映時間】122分
【製作国】アメリカ、日本
【ジャンル】伝記、ドラマ
【視聴環境】U-NEXT、吹替、自室モニター、nwmヘッドホン
◆キャスト
- スティーブ・ジョブズ:マイケル・ファスベンダー
代表作『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』(2011年) - ジョアンナ・ホフマン:ケイト・ウィンスレット
代表作『タイタニック』(1997年) - スティーブ・ウォズニアック:セス・ローゲン
代表作『50/50 フィフティ・フィフティ』(2011年) - ジョン・スカリー:ジェフ・ダニエルズ
代表作『オデッセイ』(2015年) - アンディ・ハーツフェルド:マイケル・スタールバーグ
代表作『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)
◆あらすじ
1984年、Appleの共同創業者スティーブ・ジョブズは、新型コンピュータ「Macintosh」の発表会を目前に控えていました。しかし、本番直前になってコンピュータが予定していた「ハロー」という音声を発しないトラブルが発生します。技術者たちが難しいと説明しても、ジョブズは妥協を許さず、何としてでも予定どおりの演出を実現するよう要求します。

そんな慌ただしい舞台裏に、かつての恋人クリスアンと幼い娘リサが現れます。ジョブズは自分がリサの父親であることを素直に認めようとせず、仕事だけでなく私生活でも周囲との衝突を繰り返していました。一方、長年彼を支えるマーケティング担当のジョアンナ・ホフマンは、暴走しがちなジョブズを冷静に支え続けます。
物語は1984年のMacintosh、1988年のNeXT、1998年のiMacという3つの製品発表会の直前だけを切り取って進みます。華やかな成功の裏側で、ウォズニアックやジョン・スカリー、娘リサたちとの関係が次第に浮かび上がっていきます。天才経営者として知られるジョブズの成功物語というよりも、その強烈な個性と人間関係に焦点を当てた異色の伝記ドラマです。
ここからネタバレありです。
▼ ネタバレあらすじを読む
Macintoshの発表会を成功させたジョブズでしたが、その後Apple社内で孤立し、ジョン・スカリーら経営陣との対立の末に会社を去ります。1988年、彼は新会社NeXTで新型コンピュータを発表しようとしていました。しかし、その製品は実際には十分な機能を備えておらず、ジョブズ自身もすぐに大ヒットするとは考えていませんでした。彼には、NeXTの技術をAppleに買わせ、自分が再びAppleへ戻るという狙いがあったのです。
その間も娘リサとの関係は続きます。幼い頃には父親であることさえ否定していたジョブズでしたが、成長したリサと接する中で少しずつ態度を変えていきます。一方で、ウォズニアックからはApple II開発チームへの感謝を求められますが、ジョブズは最後まで簡単には応じません。彼にとって大切なのは過去の功績ではなく、常に次の未来でした。
そして1998年、Appleへ復帰したジョブズは「iMac」の発表会を迎えます。成功者として再び表舞台に立つ一方、舞台裏では19歳になったリサと激しく衝突します。しかし、最後には彼女への愛情を不器用ながらも示し、携帯音楽プレーヤーについて「ポケットに何千曲も入れられるようにしてやる」と語ります。それは後に誕生するiPodを思わせる言葉でした。

ジョブズは完璧な父親にも、優しい上司にもなれませんでした。それでも未来を見る力だけは誰よりも強く、人々がまだ想像していない世界を形にしようとし続けます。ラストでは、発表会へ向かうジョブズと、それを見つめるリサの姿が描かれ、天才の成功ではなく、不器用な父と娘の関係に一つの区切りをつけて物語は幕を閉じます。
◆考察と感想
『スティーブ・ジョブズ』を観て最初に感じたのは、これは「成功者スティーブ・ジョブズの伝記映画」ではないということです。Appleを作り、Macintoshを世に送り出し、後にiMacやiPod、iPhoneへとつながる流れを作った天才の人生を順番に追う映画だと思って観ると、かなり面食らいます。
この映画が描いているのは、1984年のMacintosh、1988年のNeXT、1998年のiMacという3回の発表会、その直前の舞台裏だけです。
普通なら一番見せ場になりそうな発表会そのものではなく、あえてその「直前」を描く。
これが面白い。
ジョブズという男が最もむき出しになるのが、人前に出る直前だからでしょう。
発表会を完璧なものにするためなら、技術者が「無理だ」と言っても聞かない。Macintoshに「ハロー」と言わせるために、ほとんど脅迫に近い要求までします。非常灯を消せと言ったり、自分の理想と違うものを徹底的に排除したり、とにかく妥協しません。
俺が会社でこんな上司の下についたら、たぶんたまったものではありません。
「そこまでやる必要ある?」
何度もそう思いました。
でも、映画を観ていると、その異常なまでのこだわりこそがジョブズだったのだとも感じます。
普通の人なら「まあ今回はこれでいいか」と妥協するところで、この男は妥協しない。
それが周囲の人間を傷つける一方で、それまで存在しなかったものを生み出す力にもなっている。
この映画の面白さは、そこを単純に「天才だから正しい」と描いていないところです。
むしろ人間として見れば、かなり問題があります。
特に娘リサに対する態度です。
自分の娘である可能性が極めて高いにもかかわらず、父親であることを認めようとしない。母親のクリスアンが生活に困っていても、十分な愛情を見せようとしません。
世界を変えるコンピュータを作ろうとしている男が、自分のすぐ目の前にいる一人の少女とまともに向き合えない。
この対比が強烈でした。
俺はここに、この映画の一番大きなテーマがあるように感じます。
ジョブズは機械に「ハロー」と言わせようとします。
しかし本人は、人間に対してまともに「ハロー」と言えない。
Macintoshには人間らしさを求めるのに、自分自身は人間らしく振る舞えない。
なんとも皮肉です。
そしてもう一人、重要なのがジョアンナ・ホフマンです。
ジョブズがアクセルなら、彼女は完全にブレーキです。
ジョブズに真正面から意見を言い、娘との関係まで踏み込んで叱る。周囲がジョブズの才能や権力に押される中で、ジョアンナだけは「あなたは間違っている」と言える。
俺はこの映画を観て、ジョブズ本人以上に「こういう人がそばにいることの重要性」を感じました。
天才一人で世界を変えたように語られることがありますが、実際には、その天才を支えたり止めたり、尻拭いしたりする人たちがいる。
ウォズニアックもそうです。
彼はApple IIチームへの謝辞を求めます。しかしジョブズは、それを拒みます。
そこでウォズニアックが投げかける、「優秀であることと、人間としてまともであることは両立できる」という趣旨の言葉が、この作品を象徴していると思いました。
ジョブズはどこかで、天才であるためには嫌われても仕方がないと思っている。
自分が正しい未来を見ているのだから、周囲が傷つくことなど二の次だ、と。
確かに、結果だけを見れば彼の考えが正しかった部分もあります。
パソコンを一部のマニアだけのものではなく、誰もが使いたくなる「製品」に変えた。
性能だけではなく、デザインや使いやすさ、発表の仕方まで含めて商品だと考えた。
今では当たり前になった考え方ですが、それを何十年も前から異常な執念で追求したのだから、やはり凄い男だったのでしょう。
ただ、それと「良い人間だったか」は別問題です。
俺はそこを分けて考えた方がいいと思います。
成功したから人格まで肯定されるわけではない。
逆に人格に問題があったからといって、その人が作ったものの価値まで否定されるわけでもない。
この映画は、その二つを無理に一つにまとめません。
だから面白いのです。
そして終盤、リサとの関係が少しずつ変わっていきます。
完全な和解というほどきれいな話ではありません。
ジョブズは最後まで不器用です。
しかし、娘に対して何かを返そうとし始める。
その中で語られる「ポケットに何千曲も入れられるようにしてやる」という言葉。
後のiPodを知っている俺たちからすると、ここはかなりグッときます。
ジョブズは「便利な音楽プレーヤーを作る」とは言わない。
まず、人間がどう使うのかを考える。
娘が重いウォークマンを持ち歩いている。
ならば、それをもっと小さくすればいい。
ここにジョブズの発想の原点があるように感じました。
技術から考えるのではなく、人間の生活から考える。
皮肉なことに、人間関係は誰より不器用だった男が、人間が欲しがる製品については誰より理解していたのかもしれません。
俺はこの映画を観て、ジョブズを好きになったわけではありません。
むしろ「こんな人とは一緒に働きたくない」という気持ちは強くなりました。
でも同時に、「こんな人間だからこそ、普通の人には見えないものが見えたのかもしれない」とも思います。
世界を変える人間が、必ずしも立派な人格者とは限らない。
完璧な製品を作ろうとした男自身は、まったく完璧ではなかった。
そこが、この映画のジョブズを単なる偉人ではなく、一人の人間として面白く見せているのだと思います。
俺にとって『スティーブ・ジョブズ』は、Apple誕生の物語というより、「天才であることと、良い人間であることは別だ」と突きつけてくる作品でした。
そして最後に残ったのは、成功の大きさではありません。
どれだけ大きな仕事を成し遂げても、結局その人間を最後に救うのは、数字でも製品でもなく、人との関係なのかもしれない。
そんなことを考えさせられる映画でした。

momoko
「2作品の『スティーブ・ジョブズ』は対比すると面白いわ。全然違った時間軸で彼を表しているから。」

yoribou
「同じ人なのに描かれ方が全然違うよね。僕はもう一つの方が良いな。」
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◆もて男目線で考察
ジョブズを見ていると、仕事で圧倒的な結果を出せば男として格好いいのか、と考えさせられます。確かに自信、決断力、こだわりは男の魅力になります。しかし、自信と傲慢は紙一重です。相手をねじ伏せる強さより、相手の話を聞ける余裕の方が人間関係では大切です。ジョブズには世界を魅了する力はありましたが、身近な人を幸せにする力は十分ではありませんでした。本当にモテる男とは、外の世界だけでなく、目の前の一人を大切にできる男なのだと思います。
◆教訓
世界を変える才能があっても、身近な人を大切にできなければ、本当の成功とは言えません。
◆評価
| 項目 | 点数 | コメント |
|---|---|---|
| ストーリー | 17 / 20 | 3度の製品発表会に絞り、ジョブズの人生と 人間関係を凝縮して描いています。 |
| 演技 | 18 / 20 | マイケル・ファスベンダーを中心に、緊張感 のある会話劇を俳優陣が支えています。 |
| 映像・演出 | 18 / 20 | 舞台裏の慌ただしさと時代の変化を、ダニー・ ボイルらしいテンポで見せます。 |
| 感情の揺さぶり | 17 / 20 | 娘リサとの不器用な関係が、天才の裏にある 孤独や弱さを感じさせます。 |
| テーマ性 | 17 / 20 | 天才であることと、良い人間であることは 別だと考えさせられます。 |
| 合計 | 87 / 100 | 天才の成功だけでなく、その欠点や人間関係 まで描いた、会話劇としても見応えのある 伝記映画です。 |
◆総括
『スティーブ・ジョブズ』は、Appleの歴史を追う映画というよりも、ジョブズという一人の天才が抱えていた強烈なこだわりと人間としての不器用さを描いた作品です。
1984年のMacintosh、1988年のNeXT、1998年のiMac。わずか3回の製品発表会直前に物語を絞り込みながら、ウォズニアックやジョアンナ、スカリー、そして娘リサとの関係を通して、ジョブズの成功と欠点の両方を浮かび上がらせていきます。
世界を変えるほどの才能を持ちながら、目の前の人間とはうまく向き合えません。その矛盾こそが、本作で描かれるジョブズという人物の最大の面白さです。
派手な成功物語を期待すると少し違いますが、テンポのいい会話劇とマイケル・ファスベンダーの圧倒的な演技は見応え十分です。「天才であることと、良い人間であることは別なのか」。そんな問いを残してくれる、ひと味違った伝記映画です。
ジョブズのように仕事へ没頭する人ほど、長時間過ごす「仕事環境」は意外と重要です。
パソコンやモニターにこだわっても、身体を支える椅子が合わなければ集中力も続きません。映画を観ながら、俺も改めて「毎日使うものにこそ、お金をかける意味がある」と感じました。
自宅で長時間パソコン作業をする人なら、一度チェックしておきたいのがエルゴヒューマン PRO2 オットマン。仕事、ブログ、映画鑑賞まで、一脚で快適な環境を作りたい人には気になる選択肢です。


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