「人を殺すこと」を、こんなにも日常の延長として描く映画があるでしょうか。
2013年公開の映画『凶悪』は、実際に起きた「上申書殺人事件」を題材にしたノンフィクション作品
『凶悪-ある死刑囚の告発-』を原作とする犯罪サスペンスです。
山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキーという強烈なキャストが集結。
なかでも「先生」と呼ばれる木村を演じるリリー・フランキーの、
一見すると穏やかな普通の男にしか見えない佇まいが、本作最大の恐怖を生み出しています。
派手な演出で怖がらせる映画ではありません。
人間が金のために人を殺し、それをまるで仕事のように処理していく――。
その乾いた残酷さが、鑑賞後までじわじわと残る作品です。
◆基本情報
| 作品名 | 凶悪 |
|---|---|
| 原題 | The Devil’s Path |
| 公開 | 2013年9月21日 |
| 製作国 | 日本 |
| 上映時間 | 128分 |
| ジャンル | 犯罪/サスペンス/ヒューマンドラマ |
| 監督 | 白石和彌 |
| 脚本 | 高橋泉、白石和彌 |
| 原作 | 新潮45編集部編『凶悪-ある死刑囚の告発-』 |
| 音楽 | 安川午朗 |
| 出演 | 山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキー、池脇千鶴ほか |
| 配給 | 日活 |
◆主要キャスト・登場人物
藤井修一/山田孝之
スクープ雑誌「明潮24」の記者です。
死刑囚・須藤から届いた一通の手紙をきっかけに、
警察も把握していない殺人事件の存在を追い始めます。
当初は半信半疑でしたが、取材を進めるにつれて事件に取り憑かれ、
次第に家庭さえ顧みなくなっていきます。
代表作:『電車男』『クローズZERO』『闇金ウシジマくん』『50回目のファーストキス』
須藤純次/ピエール瀧
東京拘置所に収監されている死刑囚で、元暴力団組長です。
自らが関与した複数の殺人事件と、その首謀者である「先生」の存在を藤井に告白します。
粗暴で感情の起伏が激しい一方、自分を裏切った木村への強烈な憎悪を抱えています。
代表作:『アウトレイジ 最終章』『日本で一番悪い奴ら』『孤狼の血』『宮本から君へ』
木村孝雄/リリー・フランキー
須藤から「先生」と呼ばれる不動産ブローカーです。
人当たりがよく、どこにでもいそうな普通の中年男性に見えますが、
裏では金のために殺人を計画し、人の命を軽々しく扱う恐ろしい人物です。
本作で最も不気味な存在と言ってよいでしょう。
代表作:『そして父になる』『万引き家族』『SCOOP!』『余命10年』
藤井洋子/池脇千鶴
藤井の妻です。
認知症を患う藤井の母の介護をほぼ一人で背負っています。
事件の取材ばかりにのめり込む夫への不満と、
介護による精神的な疲労を募らせていきます。
代表作:『ジョゼと虎と魚たち』『そこのみにて光輝く』『舟を編む』『きみはいい子』
藤井和子/吉村実子
藤井の母です。
認知症を患っており、洋子が自宅で介護を続けています。
藤井の家庭が崩れていく背景にある重要な存在です。
代表作:『鬼婆』『黒い雨』『あゝ野麦峠』『お引越し』
◆あらすじ
スクープ雑誌「明潮24」で働く記者・藤井修一のもとに、
東京拘置所に収監されている死刑囚・須藤純次から一通の手紙が届きます。
須藤と面会した藤井は、驚くべき告白を聞かされます。
それは、警察も知らない複数の殺人事件と、
その首謀者である「先生」と呼ばれる男の存在でした。
先生の正体は、不動産ブローカーの木村孝雄。
須藤によれば木村は、自分では普通の生活を送りながら、
裏では金銭目的の殺人を計画していたといいます。
最初は須藤の話を疑っていた藤井でしたが、
証言に登場する人物や土地を一つずつ調べていくうち、
告白の内容が現実の事件とつながり始めます。
そして藤井は、記者として事件を追っているという範囲を超え、
次第に「木村を裁かせること」そのものへ執着していくのでした。
◆ネタバレあらすじ・結末
ここから先は結末までのネタバレを含みます
死刑囚・須藤が告白した3つの殺人
須藤が藤井に語ったのは、「先生」こと木村孝雄とともに関与した
複数の殺人事件でした。
木村は借金を返さない男を殺害すると、
須藤を呼び出して死体の処理を依頼します。
二人は土建会社社長の弱みを握り、
会社の焼却炉を使って遺体を焼却しました。
さらに木村たちは、土地を所有していた地主を生き埋めにし、
土地を売却することで巨額の利益を得ます。
そして最も凄惨なのが、電器店を営む老人・牛場を狙った保険金殺人です。
借金を抱えていた牛場に生命保険をかけ、
家族も計画に加担します。
木村たちは牛場に大量の酒を飲ませ、事故死に見せかけて殺害しようとします。
木村と須藤の異常な関係
木村は自ら暴力を振るうだけの男ではありません。
周囲の人間の欲望や弱みを利用し、巧みに操ります。
須藤もまた木村に心酔し、次々と犯罪に手を染めていきました。
しかし、木村にとって須藤も結局は利用できる駒の一つにすぎません。

須藤が指名手配されると、木村は須藤の舎弟・五十嵐が裏切ろうとしていると吹き込みます。
それを信じた須藤は、自分を慕っていた五十嵐を殺してしまいます。
その後、須藤は逮捕されます。
木村は弁護士や差し入れを約束していましたが、
実際には須藤を切り捨てました。
この裏切りこそが、須藤が藤井にすべてを告白した大きな理由でした。
藤井は事件に取り憑かれていく
藤井は須藤の証言を一つずつ検証し、
バラバラだった情報をつなぎ合わせていきます。
やがて須藤の告白が真実であると確信した藤井は、
資料をまとめ警察へ持ち込みます。

しかし、物的証拠が乏しいこともあり、警察の反応は消極的でした。
そこで編集部は記事の掲載を決断。
「誰も知らない3つの殺人」という記事が世に出たことで事件は注目を集め、
警察も本格的に動き始めます。
その結果、木村や牛場の家族らが逮捕されます。
正義だったはずの藤井にも異変が起きる
事件を追う藤井は、いつしか「木村を死刑にしたい」という強烈な執念に支配されていました。
その一方で、家庭では大きな問題が起きています。
認知症の母親の介護を妻・洋子に任せきりにし、
藤井自身は事件のことしか考えなくなっていました。
追い詰められた洋子は藤井に離婚を求め、
介護のストレスから義母に手を上げてしまったことまで告白します。
藤井は母を介護施設へ入れることになります。
須藤と木村に下された判決
木村の裁判では須藤が証人として出廷します。
しかしそこで須藤は、
木村を逮捕させるだけではなく、
自分の死刑執行を少しでも先延ばしにするために藤井を利用したと明かします。
事件の真相を明らかにするために須藤と向き合ってきた藤井にとって、
その言葉は大きな衝撃でした。
最終的に須藤には新たに懲役20年の刑が科され、
木村は無期懲役となります。
ラスト――「木村を一番殺したいのは藤井」
藤井はその後も木村との面会を求め続けます。
やがて木村は面会に応じます。
藤井は、これからも事件を追い続けると木村に告げます。
しかし木村は藤井を見透かすように、
自分を最も殺したいと思っているのは藤井なのではないかと指摘します。
犯罪者を追い、真実を暴こうとしていたはずの男が、
いつの間にか憎悪に取り憑かれている。
善と悪の境界が揺らいだところで、物語は幕を閉じます。
◆考察と感想|本当に「凶悪」なのは誰なのか
一番怖いのは、リリー・フランキー演じる木村だ
本作で俺が最も恐ろしいと感じたのは、ピエール瀧演じる須藤ではなく、
リリー・フランキー演じる木村である。
須藤は見るからに危険だ。
怒鳴る、暴れる、感情をむき出しにする。
近づいてはいけない人間だとすぐに分かる。
しかし木村は違う。
笑う。
冗談を言う。
家族と普通に暮らす。
人当たりも悪くない。
それなのに、人を殺すことにほとんど心理的な抵抗がない。
これが恐ろしい。
映画に出てくる典型的な悪人なら、どこかに「悪人らしさ」がある。
だが木村にはそれがない。
近所に住んでいても、仕事で会っても、おそらく誰も気づかない。
悪は必ずしも怖い顔をしていない。
むしろ、ごく普通の顔をして社会の中に溶け込んでいる。
『凶悪』が観客に植え付ける最大の恐怖は、そこだと思う。
人が殺される場面より「楽しそうにしていること」が怖い
この映画の殺人描写は確かに凄惨だ。
しかし俺が本当に気持ち悪いと感じたのは、
殺人そのものよりも、木村や須藤がその場で楽しそうにしている瞬間である。
酒を飲む。
笑う。
冗談を言う。
その延長線上に、人の死がある。
普通なら人生最大級の異常事態であるはずの「殺人」が、
彼らにとっては日常のイベント程度にしか見えない。
この感覚のズレが、観ている側の精神をじわじわ削ってくる。
血の量で怖がらせる作品ではない。
人間の倫理観が完全に壊れた世界を見せつけるから怖いのだ。
タイトルの『凶悪』は犯罪者だけを指していない
物語の前半では、「凶悪」という言葉は当然、須藤や木村を指しているように見える。
だが物語が進むにつれて、その意味が変わってくる。
金のために家族の死を望む人間。
犯罪を知りながら沈黙する人間。
自分の利益のために他人を利用する人間。
そして、正義を追うあまり家族を放置し、
木村を死刑にすることそのものへ執着していく藤井。
もちろん、彼らを殺人犯と同列に扱うことはできない。
それでも白石和彌監督は、
「悪とは犯罪行為だけなのか」と観客に問いかけているように感じる。
人を傷つける行為の中には、
法律では裁かれなくても残酷なものがある。
その意味で、本作のタイトルは物語が進めば進むほど重くなる。
藤井もまた闇に引きずり込まれている
山田孝之演じる藤井は、最初は明らかにこちら側の人間である。
真実を知りたい。
被害者の無念を晴らしたい。
犯罪者を裁かせたい。
動機そのものは正しい。
ところが、事件を追えば追うほど藤井の目的は少しずつ変質する。
「真実を明らかにしたい」から、
「木村を死刑にしたい」へ変わってしまうのだ。
ここが『凶悪』の面白いところである。
木村を追い詰めているはずの藤井が、
逆に木村たちの世界へ精神的に引きずり込まれていく。
そして最後、木村から自分を最も殺したいのは藤井ではないかと突きつけられる。
あの一言によって、それまでの物語全体が反転する。
藤井は犯罪者ではない。
だが、心の中には明確な殺意に近い感情が生まれている。
正義と憎悪の境界は、思っているほど遠くない。
このラストはかなり強烈だった。
実話を基にしていることが、この映画をさらに恐ろしくする
もし完全なフィクションなら、
「よくこんな恐ろしい話を考えたものだ」で終われるかもしれない。
しかし『凶悪』は実際の事件を基にしている。
焼却。
生き埋め。
保険金目的の殺害。
映画的な誇張に感じるほど異常な出来事の根底に、
現実の事件が存在している。
だから鑑賞後に嫌な感覚が消えない。
幽霊よりも怪物よりも、
結局一番怖いのは人間なのだと思わされる作品である。
◆モテ男目線で考える『凶悪』
本作から男性が学べることがあるとすれば、
「正しいことに夢中になっている自分ほど、一度立ち止まって周囲を見る必要がある」
ということでしょう。
藤井は事件の真相を追っています。
やっていること自体は社会的にも意味があります。
しかし、その正義の裏で妻は疲れ果て、
家庭は崩壊寸前まで追い込まれていました。
仕事に責任を持つ。
目標に集中する。
何かに情熱を注ぐ。
どれも男性として魅力になり得る要素です。
ただし、それによって一番身近な人間が見えなくなれば、
その魅力は一気に独りよがりへ変わります。
本当に余裕のある男は、
外で成果を出すだけではありません。
自分が何かに夢中になっている時ほど、
そばにいる人がどんな状態なのかを見ることができます。
藤井の姿は、仕事にのめり込みやすい男性にとって
意外と他人事ではないように思います。
◆似ている作品・おすすめ映画

【映画】クリーピー 偽りの隣人(2016年)
普通の人間に見える男の内側に、理解不能な狂気が潜んでいる心理サスペンスです。
香川照之演じる西野の不気味さは、『凶悪』のリリー・フランキー演じる木村と重なります。
「最も恐ろしい悪は、日常の顔をして近くにいる」という恐怖が共通しています。

【映画】悪人(2010年)
殺人事件を通して「本当に悪い人間とは誰なのか」を問いかける社会派ヒューマンサスペンスです。
犯罪者だけを単純な“悪”として描かず、人間の弱さや身勝手さまで浮かび上がらせる点が『凶悪』と共通しています。
善と悪の境界について考えさせられる重い余韻もよく似ています。
◆本作から感じた教訓
『凶悪』から強く感じるのは、
人間は「自分は正しい」と思った瞬間に危うくなるということです。
須藤には須藤の理屈があります。
木村にも木村なりの理屈があります。
藤井にも正義があります。
もちろん行為の重さはまったく違います。
しかし、自分の目的だけがすべてになった瞬間、
人は周囲の痛みを見失ってしまいます。
悪人らしい人間だけを警戒すればいいわけではありません。
穏やかな顔をした人間の中にも悪意はあり、
正義を信じる人間の中にも暴走する危険があります。
人を見る時は言葉ではなく行動を見ること。
そして自分自身についても、
「正しいことをしているから大丈夫」と思い込まないこと。
それが本作から感じる最大の教訓です。
◆評価
| 評価項目 | 点数 | ひとこと |
|---|---|---|
| ストーリー | 19 / 20 |
死刑囚の告白から始まり、過去の犯罪と 現在の取材がつながっていく構成に引き 込まれます。 |
| 演技 | 20 / 20 |
山田孝之、ピエール瀧、リリー・フラン キーの三者三様の狂気が圧倒的です。 |
| 映像・演出 | 18 / 20 |
派手な演出に頼らず、湿った空気と生々 しい現実感で恐怖を作り上げています。 |
| 没入感 | 19 / 20 |
128分という長さを感じさせず、藤井と ともに事件の闇へ引きずり込まれてい きます。 |
| テーマ性 | 20 / 20 |
犯罪者だけではなく、正義を追う人間 の内側にも潜む「凶悪」を描いたテー マが強烈です。 |
| 総合評価 | 96 / 100 | 人間の怖さを真正面から描いた、日本 犯罪映画を代表する一本です。リリー・ フランキーの「普通すぎる悪人」が鑑 賞後も頭から離れません。 |
◆総括
『凶悪』は、単に実際の殺人事件を再現した映画ではありません。
死刑囚・須藤。
「先生」と呼ばれる木村。
事件を追う記者・藤井。
立場のまったく違う3人を通して、
人間の中にある欲望、執着、正義、憎悪を描いています。
なかでも圧倒的なのは、リリー・フランキー演じる木村です。
見るからに恐ろしい悪人ではありません。
穏やかに話し、笑い、普通の父親として生活しています。
だからこそ怖いのです。
そして物語の最後には、
犯罪者を追っていた藤井自身にも暗い感情が芽生えていたことが突きつけられます。
「本当に凶悪なのは誰なのか。」
その問いに明確な答えを出さないまま終わるからこそ、
鑑賞後も長く心に残ります。
爽快感はありません。
気軽に何度も観返したくなる作品でもありません。
それでも、日本の犯罪映画を語るうえでは一度は観ておきたい一本です。
人間という存在そのものが怖くなる――。
そんな重い余韻を残す作品でした。
映画の余韻を切り替える、部屋の香り
『凶悪』のような重く濃密な作品を観たあとは、
しばらくその空気を引きずってしまうことがあります。
そんなとき、俺は映画を観る部屋そのものを少し整えるのも大切だと思っています。
照明を変えたり、飲み物を用意したり、そして部屋の香りを変えるのもそのひとつです。
今回選んだのは、サボン系のやさしい香りのルームフレグランス。
映画を観終えたあとに重い空気を引きずらず、
部屋をすっきりとした雰囲気に戻したいときにも合わせやすそうです。
映画を楽しむ環境は、モニターや音だけではありません。
お気に入りの香りがあるだけでも、
いつもの鑑賞スペースが少し心地よい場所になります。

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