それは、人の心にある“隙間”からやって来る。
『来る』は、澤村伊智の小説『ぼぎわんが、来る』を中島哲也監督が映画化したホラー作品です。
得体の知れない怪異に襲われる家族を描きながら、その内側に隠された虚栄心、育児放棄、承認欲求、夫婦間の憎悪を容赦なく暴いていきます。
前半は不穏な家族ドラマ、中盤は人間の醜さを描く心理劇、終盤は全国の霊媒師が集結する大規模な除霊戦へと変化します。
静かなJホラーを想像して観ると驚かされますが、ホラー、社会風刺、アクションを一気に味わえる強烈なエンターテインメントです。
◆作品情報
| 監督 | 中島哲也 |
|---|---|
| 脚本 | 中島哲也、岩井秀人、門間宣裕 |
| 原作 | 澤村伊智『ぼぎわんが、来る』 |
| 出演 | 岡田准一、黒木華、小松菜奈、青木崇高、柴田理恵、 松たか子、妻夫木聡 |
| 配給 | 東宝 |
| 公開 | 2018年12月7日 |
| 上映時間 | 134分 |
| 製作国 | 日本 |
| ジャンル | ホラー/人間ドラマ/オカルト |
| 年齢区分 | PG12 |
◆キャスト
野崎和浩/岡田准一
怪異に関する記事を扱うフリーのオカルトライターです。
過去に恋人との子どもを中絶した経験があり、父親になることから逃げた罪悪感を抱えています。
岡田准一は『永遠の0』『ザ・ファブル』などで知られ、本作では無精ひげを生やした影のある男を演じています。
田原香奈/黒木華
秀樹の妻で、娘・知紗の育児に追われています。
夫から十分な協力を得られず、母親としての孤独と苛立ちを募らせていきます。
黒木華は『小さいおうち』『日日是好日』などで知られ、穏やかな表情の奥に憎悪を隠す香奈を怪演しています。
比嘉真琴/小松菜奈
キャバクラで働きながら霊媒師として活動する女性です。
見た目や言葉遣いは派手ですが、子どもに対して深い愛情を持っています。
小松菜奈は『渇き。』『糸』などに出演し、本作では傷つきながらも知紗を守ろうとする真琴を演じています。
津田大吾/青木崇高
秀樹の大学時代からの友人で、民俗学を研究する准教授です。
秀樹に野崎を紹介しますが、香奈との間には他人には言えない関係があります。
青木崇高は『るろうに剣心』シリーズなどで知られています。
逢坂セツ子/柴田理恵
かつてテレビ番組にも出演していた有名霊媒師です。
一見すると親しみやすい女性ですが、怪異を前にしても逃げない本物の覚悟と能力を持っています。
本作の中でも特に存在感の強い人物です。
比嘉琴子/松たか子
真琴の姉で、日本最強と呼ばれる霊媒師です。
冷静な判断力と圧倒的な力を持ち、全国から霊媒師を集めて怪異との最終決戦を準備します。
松たか子は『告白』『ラストレター』などに出演しています。
田原秀樹/妻夫木聡
香奈の夫で、娘・知紗の成長を紹介するブログを運営しています。
周囲には家族思いの“イクメン”として振る舞いますが、物語が進むにつれて、その幸福な父親像が作られたものであることが明らかになります。
妻夫木聡は『悪人』『怒り』などで知られ、本作では笑顔の裏側が空っぽな男を不気味に演じています。
◆あらすじ
会社員の田原秀樹は、妻の香奈と幼い娘・知紗に囲まれ、幸せな家庭を築いていました。
娘の成長をブログで発信し、周囲からは家族思いの良き父親だと思われています。
しかし、知紗が生まれる前、秀樹の会社に正体不明の訪問者が現れ、「知紗さんの件で」と言い残します。
まだ家族以外は知らないはずの娘の名前を告げられた直後、訪問者を取り次いだ後輩・高梨が謎の傷を負ってしまいます。
それから秀樹の周囲では、不審な電話やメール、切り裂かれたお守りなどの怪奇現象が相次ぎます。
不安を覚えた秀樹は、友人の津田を通じてオカルトライターの野崎と、霊能力を持つ比嘉真琴に助けを求めます。

ところが、田原家に迫る“何か”は、真琴の力だけでは対抗できないほど強大でした。

怪異はなぜ秀樹たちを狙うのか。そして、表面上は幸せに見える田原家には、何が隠されているのでしょうか。
◆ネタバレあらすじ
ここから先は結末までのネタバレを含みます
秀樹の死と、崩れ始める“理想の父親像”
怪異の力を目の当たりにした真琴は、姉の琴子へ相談します。
琴子は秀樹に電話をかけ、家の鏡を割り、水を入れた器を廊下に並べるよう指示します。
しかし、秀樹が聞いていた声は琴子のものではありませんでした。
怪異が琴子になりすまして秀樹を誘導していたのです。
秀樹は家の中に侵入した“何か”に襲われ、凄惨な最期を迎えます。
秀樹の死後、物語は妻・香奈の視点へ移ります。
そこで明らかになるのは、秀樹のブログに書かれていた幸福な家庭が、ほとんど彼の演出だったという事実です。
秀樹は育児を香奈に任せ、自分は子どもの写真や家族の出来事をブログの材料として利用していました。
家族を愛していたというより、“家族を愛する自分”を他人に見せることに夢中だったのです。
香奈の孤独と、知紗に近づく怪異
香奈もまた、理想的な母親ではありませんでした。
育児の重圧や夫への憎しみに耐えきれず、津田との関係に逃げ込み、知紗を放置するようになります。
さらに香奈は、怪異の侵入を防いでいたお守りを自ら切り裂いていました。
夫婦がお互いへの不満を募らせ、娘から目を背けるほど、怪異は田原家の中へ深く入り込んでいきます。
真琴は知紗を守ろうとしますが、怪異の攻撃を受けて重傷を負います。
香奈は知紗を連れて逃げ出すものの、駅のトイレで怪異に襲われ、そのまま命を落とします。
日本中の霊媒師が集結する最終決戦
妹の真琴と知紗を救うため、琴子は全国から実力のある霊媒師を集めます。
神道、仏教、沖縄の信仰など、異なる系統の祈祷を組み合わせ、田原家のマンション全体を使った大規模な除霊が始まります。
琴子たちは、怪異を知紗から引き離して田原家へ誘い込み、鏡の中へ封じようとします。
しかし、怪異は亡くなった人々の姿や声を使い、参加者の弱さや後悔を刺激してきます。
野崎もまた、過去に生まれてくるはずだった子どもから逃げた罪悪感を利用されます。
それでも野崎は、知紗を犠牲にしようとする琴子のやり方に反発し、傷を負いながら知紗を救い出します。
琴子は真琴、野崎、知紗を逃がし、自分は崩壊していく部屋に残ります。
最強の霊媒師である琴子が怪異を完全に祓えたのか、その生死を含めて明確には描かれません。
オムライスが示す不穏な結末
生き残った野崎と真琴は、知紗を連れてマンションを離れます。
野崎がこれからどうするのかを尋ねると、真琴は知紗を育てる意思を見せます。
最後に描かれるのは、カラフルな部屋で大きなオムライスを前にして喜ぶ知紗の姿です。
一見すると幸福な光景ですが、色彩も料理も現実離れしており、それが現実なのか、知紗の夢なのか、怪異が見せる幻なのかは分かりません。
田原家を襲った“何か”が本当に消えたのかを明言しないまま、物語は不気味な余韻を残して終わります。
◆考察と感想
怪異よりも恐ろしい「幸せな家族」という虚像
本作で本当に恐ろしいのは、姿の見えない怪異ではない。幸せそうな家族の内側に蓄積した、無関心と憎悪である。
秀樹は自分を良い夫、良い父親だと信じている。しかし、彼が大切にしているのは香奈や知紗ではなく、「家族思いの男として他人から評価される自分」だ。育児の負担を引き受けず、妻の苦しみに向き合わないまま、都合の良い場面だけを撮影してブログへ載せている。
秀樹の笑顔が不気味に見えるのは、表情の奥に相手への関心が感じられないからである。妻夫木聡は、明るく社交的でありながら、どこか中身がない男を見事に演じている。
俺は、秀樹を単純な悪人だとは思わなかった。本人に悪意がほとんどないからこそ恐ろしいのだ。家族のために行動しているつもりで、実際には家族を自分の承認欲求の材料にしている。その無自覚さは、誰の中にも多少は存在するものではないだろうか。
香奈は被害者であると同時に、加害者でもある
物語の視点が秀樹から香奈へ切り替わると、それまで見えていた世界が反転する。秀樹のブログでは幸せだった家庭が、香奈の側から見れば孤独と疲労に満ちた牢獄だったことが分かる。
香奈が秀樹を憎むのは当然である。育児を押しつけられ、夫から理解されず、母親であることだけを求められている。だが、本作は香奈を一方的な被害者としては描かない。
香奈もまた、津田との関係に逃げ、知紗を置き去りにし、お守りを切り裂いて怪異を招き入れてしまう。自分が傷つけられたからといって、子どもを傷つけてよい理由にはならないのである。
秀樹と香奈は正反対に見えるが、実際にはよく似ている。二人とも自分の苦しさを優先し、知紗を一人の人間として見ていない。怪異はその隙間に入り込み、二人が隠していた醜さを拡大している。
“あれ”は人間の心にある空白を映す鏡
映画では、怪異の正体を「ぼぎわん」と明確には呼ばない。“あれ”が何者なのかを説明しすぎないことで、観客は怪異をさまざまなものとして解釈できる。
俺には、“あれ”は人間が見ないふりをしてきた感情の集合体に見えた。秀樹の虚栄心、香奈の憎悪、津田の欲望、野崎の罪悪感。怪異は無から生まれたのではなく、人間の内側にあった弱さを見つけ、それを入口にしてやって来る。
作中で鏡が重要な道具として使われるのも象徴的である。鏡は怪異を封じる道具であると同時に、登場人物が隠してきた本当の姿を映し出す装置でもある。
秀樹は理想の父親という鏡像を作り、香奈はおとなしい妻という顔を作っている。しかし、怪異によってその表面が破壊されると、二人の内側にあった空虚さや憎しみが露出する。『来る』は怪物を見せる映画ではなく、人間に自分自身の醜さを見せる映画なのだ。
なぜ怪異は知紗を狙ったのか
知紗は、両親から十分に愛情を注がれていない。秀樹にとってはブログを飾る存在であり、香奈にとっては自由を奪う重荷になっている。口では愛されていても、実際には両親の都合に振り回されている子どもだ。
怪異が知紗に近づいた理由は、彼女の中に生まれた孤独と空白にあるのだろう。さらに、秀樹が幼い頃に怪異へ告げた約束と、知紗自身が怪異を呼び寄せた可能性が重なっている。
知紗にとって怪異は、ただ恐ろしい化け物ではなかったのかもしれない。自分を見てくれない両親よりも、自分の名前を呼び、迎えに来てくれる存在のほうが身近だった可能性すらある。
だからこそ、最後のオムライスの場面が不気味なのだ。知紗が望んだ幸福が実現したようにも見えるが、その幸福を与えているのが誰なのかは分からない。怪異が知紗の願望を利用して見せている世界だとすれば、戦いはまだ終わっていない。
野崎が知紗を救った意味
野崎は過去に、父親になることから逃げた男である。恋人の妊娠と中絶に向き合えず、その罪悪感を抱えたまま生きてきた。
そんな野崎が最後に知紗を救う行動は、自分の過去に対する償いでもある。血のつながりがなくても、目の前にいる子どもを見捨てない。その選択によって、彼は秀樹とは異なる父性を示した。
ただし、本作は野崎を立派な父親として美化してはいない。彼は琴子の計画を乱し、怪異を完全に祓う機会を失わせた可能性もある。知紗を救った行為が正しかったのか、それによってさらに危険を残したのかは断定できない。
それでも俺は、正しい結果が分からない状況で目の前の命を選んだ野崎に、人間らしさを感じた。琴子が全体を救うために冷酷な決断を下す者なら、野崎は一人の子どもを救うために理屈を捨てる者である。この対立に簡単な正解はない。
前半と後半で別の映画になる面白さ
本作の最大の特徴は、ジャンルそのものが途中で変化するほど大胆な構成にある。
前半は、いつ何が現れるのか分からない静かな恐怖が中心である。ところが琴子が本格的に動き始めると、道路を封鎖し、日本各地から霊媒師を集め、マンション全体を祭壇へ変える大規模な除霊劇へ突入する。
この展開には好みが分かれるだろう。湿度の高いJホラーを期待すると、終盤の派手さに戸惑うかもしれない。しかし、俺はこの振り切った展開が面白かった。怪異の力が常識の範囲を超えているなら、迎え撃つ側も常識を捨てなければならない。その規模の釣り合いが、終盤に異様な説得力を与えている。
とりわけ印象に残ったのは、柴田理恵が演じる逢坂セツ子である。腕を失っても戦線に戻り、死を覚悟して怪異に立ち向かう姿は圧倒的だった。本作は主役級の俳優だけでなく、脇役まで強烈な存在感を放っている。
『来る』は、ただ怖がらせるだけのホラーではない。人間の醜さを暴きながら、最後には巨大な怪異へ真正面から挑む痛快さまで見せてくれる。気味が悪く、不快で、混沌としている。それでも最後まで目を離せない、異様な力を持った作品である。

momoko
「この作品は、ホント観始めと終わりが違う映画だわ。」

yoribou
「最初、どこに松たか子が?と思っていたら、急な展開だったね。」
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【映画】サユリ(2024年)
家族を襲う怨霊の恐怖から始まり、後半は怪異へ真正面から反撃するバトルホラーへ一変する。家族の弱さに霊が入り込む構造と、予想外に豪快な展開が『来る』とよく似ています。

【映画】スイート・マイホーム(2023年)
理想のマイホームと幸せな家族像が、隠された秘密によって崩壊していく心理ホラー。家そのものより、家族の内側に潜む執着や身勝手さが恐ろしい点で『来る』と共通しています。
◆もて男目線で考察
秀樹は明るく、人当たりが良く、仕事仲間や友人も多い男性です。
表面的な条件だけを見れば、周囲から好かれやすい人物でしょう。
しかし、彼が見ているのは常に自分自身です。
妻や娘を喜ばせることよりも、周囲から「良い夫」「良い父親」と評価されることを優先しています。
女性から本当に信頼される男性に必要なのは、家族思いに見える写真や言葉ではありません。
相手が疲れていることに気づき、頼まれる前に負担を引き受け、誰にも見られていない場所で責任を果たすことです。
その意味では、派手な言葉を使わず、危険な場面で知紗を守ろうとした野崎のほうが誠実です。
過去に逃げた経験があるからこそ、今度は目の前の命から逃げないと決めました。
格好良さは「何を言ったか」ではなく、「誰も見ていない場所で何を引き受けたか」に表れます。
秀樹の姿は、自己演出と本当の思いやりを取り違えてはいけないことを教えてくれます。
◆この映画から得られる教訓
家庭の問題は、外から見える印象だけでは判断できません。
笑顔の写真や幸せそうな言葉の裏で、誰か一人に負担が集中していることがあります。
また、つらい現実から逃げ続けると、その感情は消えるのではなく、別の形で周囲を傷つけます。
秀樹はブログへ、香奈は不倫へ、野崎は仕事へ逃げ込みましたが、誰も自分の問題と正面から向き合えていませんでした。
幸せは他人に見せるものではなく、目の前にいる人と一緒に作るものです。
自分がどう見られているかではなく、相手が何を感じているかに目を向けること。
それが、家族や恋人との関係を壊さないための最低限の責任なのだと思います。
◆評価
| 評価項目 | 点数 | ひとこと |
|---|---|---|
| ストーリー | 17 / 20 | 視点が変わるたびに家族の真実が反転していく構成が見事です。 |
| 演技 | 20 / 20 | 妻夫木聡、黒木華、松たか子、柴田理恵をはじめ、全員の存在感が強烈です。 |
| 映像・演出 | 19 / 20 | 色彩、音楽、編集を駆使した中島哲也監督らしい過剰な演出が作品に合っています。 |
| 感情の揺さぶり | 17 / 20 | 恐怖だけでなく、家族の無関心や育児の孤独が不快なほど伝わってきます。 |
| テーマ性 | 19 / 20 | 家族愛、承認欲求、親の責任を怪異と結びつけた社会派ホラーです。 |
| 総合評価 | 92 / 100 | 怪異よりも人間の身勝手さが恐ろしい、型破りなホラーエンターテインメントです。 |
◆総括
『来る』は、正体不明の怪異に襲われる家族を描いたホラーでありながら、その本質は家族の内側に隠された無関心と自己中心性を描く人間ドラマです。
妻夫木聡が演じる秀樹の空虚な笑顔、黒木華が演じる香奈の静かな憎悪、小松菜奈の真琴が見せる子どもへの愛情、松たか子の琴子が放つ圧倒的な強さ。それぞれの人物が強烈で、誰が画面に映っていても緊張感が途切れません。
終盤の大規模な除霊は、静かなJホラーとはまったく異なる迫力があります。
好みが分かれるほど派手ですが、この異常なスケールこそが本作ならではの魅力です。
怪異の正体や琴子の生死、最後のオムライスが意味するものは明確に説明されません。
だからこそ鑑賞後も、「本当に“あれ”は去ったのか」という不安が残ります。
家族を守るとは、幸せそうに見せることではありません。目の前にいる相手の苦しみから逃げず、責任を引き受けることです。
怖さだけでなく、人間の醜さを描く心理劇や、常識外れの除霊エンターテインメントを楽しみたい人におすすめしたい一本です。
◆映画を観る位置まで、モニターを動かせる快適さ
『来る』のように映像の情報量が多い作品は、画面との距離や角度が少し違うだけでも見え方が変わります。
長時間の映画を観ていると、モニターの高さが合わず、首や肩が疲れてくることもあります。
そこで俺が実際に使っているのが、ERGOTRON(エルゴトロン)のモニターアームです。
普段はブログを書きやすい位置に置き、映画を観るときは画面を手前へ寄せて、見やすい角度に調整できます。
モニター下のスタンドがなくなるため、机の上が広くなり、見た目もすっきりしました。
特に、俺のように27インチモニターを映画鑑賞と日常作業で使い分けている人には、位置を片手で変えられる便利さを実感しやすいと思います。
安価な製品ではありませんが、毎日のようにモニターを使うなら、鑑賞環境と作業環境を同時に整えられるアイテムです。
- 映画を観るときだけ画面を手前へ寄せたい
- モニターの高さを細かく調整したい
- 首や肩への負担を減らしたい
- デスクの上を広く、すっきり使いたい
毎日使うモニターだからこそ、見やすい位置へ動かせるだけで快適さが変わります。


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