映画『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』ネタバレあらすじ・結末と感想

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◆作品情報

監督 ジャン=マルク・ヴァレ
脚本 ブライアン・サイプ
出演 ジェイク・ギレンホール、ナオミ・ワッツほか
公開 2015年
上映時間 101分
製作国 アメリカ
ジャンル ヒューマンドラマ
視聴環境 U-NEXT、吹替、自室モニター、nwmヘッドホン

◆キャスト

  • デイヴィス・ミッチェル:ジェイク・ギレンホール 代表作『ナイトクローラー』(2014年)
  • カレン・モレノ:ナオミ・ワッツ 代表作『インポッシブル』(2012年)
  • フィル・イーストウッド:クリス・クーパー 代表作『アメリカン・ビューティー』(1999年)
  • クリス・モレノ:ジュダ・ルイス 代表作『ザ・ベビーシッター』(2017年)
  • ジュリア・ミッチェル:ヘザー・リンド 代表作『スチール・オブ・ザ・ナイト』(2015年)

◆あらすじ

前半:ネタバレなし

ニューヨークの投資銀行に勤めるデイヴィス・ミッチェルは、義父フィルが経営する会社で働き、経済的にも社会的にも恵まれた生活を送っていました。しかし、妻ジュリアと乗っていた車が突然の交通事故に遭い、ジュリアだけが命を落としてしまいます。ところがデイヴィスは、妻の死を前にしても涙を流すことができず、自分の中に悲しみが湧いてこないことに戸惑います。

入院中、自動販売機に入れたお金が戻らず、商品も出てこなかったことをきっかけに、彼は販売会社へ苦情の手紙を書き始めます。その内容は次第に、自動販売機への不満から、妻との結婚生活や事故後の心境を告白するものへと変わっていきました。手紙を読んだ顧客窓口担当者のカレンは、規則を破ってデイヴィスに連絡を取ります。

一方、デイヴィスは仕事に復帰したものの、これまで当たり前にこなしていた仕事や生活に意味を感じられなくなります。そして、身の回りの物を分解し、その内部を確かめるという奇妙な行動にのめり込んでいきます。

妻を失った後、奇妙な行動を繰り返すデイヴィス
感情を失ったように見えるデイヴィス。周囲には完全に壊れてしまった男と映るが、その奇行は麻痺した心を動かそうとする無意識の叫びでもあった

妻を失ったのに悲しめない男が、物を壊すことで自分の心の奥にあるものを探していく、喪失と再生の物語です。

ここからネタバレありです

ネタバレあらすじと結末を読む

デイヴィスは手紙を通して知り合ったカレンの家を訪れ、彼女と息子クリスとの交流を深めていきます。カレンは恋人カールとの関係に迷い、クリスも自身の性的指向や学校生活に悩んでいました。常識から外れた行動を取るデイヴィスに、クリスは次第に心を開きます。

互いの孤独を抱えながら交流するデイヴィスとカレン
デイヴィスとカレンは自堕落に見えながらも、実際には誰よりも今の自分を変えたいと願っていた。互いの孤独に触れたことで、止まっていた人生が少しずつ動き始めていく

デイヴィスは会社の備品や自宅の家電を分解するだけでは満足できず、ついにはクリスと一緒に自宅そのものを重機で破壊します。それは、ジュリアと過ごした結婚生活を一度すべて解体し、自分自身を見つめ直すための行為でもありました。

家を壊す途中、デイヴィスはジュリアが妊娠していたことを示す写真を発見します。しかし義母から、ジュリアには別の男性がおり、妊娠した子供はデイヴィスの子ではなく、すでに中絶していたと知らされます。

その後、デイヴィスを尾行していた男が、事故を起こした車の運転手だったことも判明します。男は罪悪感に苦しんでいましたが、デイヴィスは彼を責めず、逆に慰めます。

やがてデイヴィスは、車内に残されていたジュリアのメモを見つけます。そこには、雨の日には会えず、晴れた日には彼を思い出すという言葉が書かれていました。その瞬間、麻痺していた感情があふれ出し、デイヴィスは初めてジュリアを想って涙を流します。

彼はジュリアの遺産を使い、二人の思い出であるメリーゴーラウンドを海辺に設置します。すべてを壊した末に妻への愛を認めたデイヴィスは、ようやく新しい人生へ歩き始めるのでした。

◆考察と感想

『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』は、妻を亡くした男が悲しみを乗り越える物語というより、自分が何を感じているのかすら分からなくなった男が、人生を一度解体していく話だと思った。普通なら、妻を事故で亡くした主人公が泣き崩れ、喪失感に苦しみ、少しずつ立ち直っていく物語を想像する。しかしデイヴィスは泣かない。それどころか、自分は妻を愛していなかったのではないかと疑い始める。この感情の欠落が、最初はかなり不気味に見えた。

ただ、観ているうちに、デイヴィスには悲しみがないのではなく、悲しみに触れるための道筋を失っているのだと分かってくる。妻の死があまりにも突然だったため、現実として受け止める前に心が停止してしまったのだろう。人は本当に大きな衝撃を受けたとき、必ずしも泣いたり、取り乱したりするわけではない。むしろ普段と変わらないように振る舞ったり、どうでもいいことに異常なほど執着したりする。病院の自動販売機から商品が出てこないことに怒り、販売会社へ長い苦情の手紙を書く姿は、その典型に見えた。

自動販売機の故障は、本来なら些細な出来事である。だがデイヴィスにとっては、事故後に初めて自分の意思で怒ることができた対象だった。妻の死には大きすぎて反応できないが、出てこないチョコレートには怒ることができる。彼は自動販売機への苦情を書いているつもりで、いつの間にか妻との関係や、自分の人生そのものを書き始める。つまり彼にとって手紙は、悲しみを直接語れない代わりに、自分を少しずつ分解していく作業だったのだと思う。

この映画で最も印象に残るのは、やはり「壊す」という行為だ。デイヴィスは冷蔵庫、パソコン、トイレ、家電、会社の備品と、身の回りの物を次々に分解していく。普通に考えれば完全な奇行だが、彼は中身を見たいと言う。表面だけでは納得できず、構造を確かめなければ気が済まない。これは機械に限らず、自分の結婚生活や妻への感情にも向けられている。自分たちは本当に愛し合っていたのか。自分は何を見落としていたのか。妻は何を隠していたのか。デイヴィスは物を壊しながら、実際には自分の人生の内部を見ようとしていたのだろう。

原題の『Demolition』は、単なる「破壊」ではなく「解体」に近い。破壊は何も残さず壊すことだが、解体には構造を確かめながら、一つずつばらしていく感覚がある。デイヴィスがしていたのは、まさに人生の解体だ。仕事、結婚、義父との関係、家、社会的な立場。外から見れば完璧だったものを、彼はすべて疑い始める。これまでエリート銀行員として正しく生きてきたはずなのに、妻が死んだ瞬間、その人生が自分のものではなかったことに気づいてしまったようにも見えた。

破壊の先にある再生をイメージした風景
壊すことは終わることではなく、もう一度組み直すための途中なのかもしれない

俺はこの映画を観ながら、人間は案外、自分の人生を自分で選んでいるようで、周囲に用意された役割を演じているだけなのかもしれないと思った。デイヴィスは良い会社に入り、義父の下で働き、立派な家に住み、美しい妻と暮らしていた。誰もが羨む生活である。だが、その生活の中で彼は妻をきちんと見ていなかった。妻が妊娠し、別の男との子供を中絶していたことすら知らなかった。その事実は夫としてかなり残酷だが、同時に二人の結婚がすでに形だけになっていたことを示している。

デイヴィスが「妻を愛していなかった」と口にするのも、冷酷だからではないと思う。彼は愛していなかったのではなく、愛していることを確認する努力をやめていたのではないか。毎日一緒にいること、結婚していること、同じ家に住んでいることを、愛情そのものだと思い込んでいた。しかし人は、そばにいるだけでは相手を理解できない。相手が何を考え、何に苦しみ、何を求めているのかを知ろうとしなければ、近くにいても見失ってしまう。

カレンと息子クリスとの出会いも、デイヴィスの再生に大きく関わっている。カレンは恋人との関係に迷いながらも、現状から抜け出せずにいる女性だ。クリスは自分の性的指向や周囲との違いに悩んでいる。三人とも、自分の気持ちをうまく説明できず、社会の中で居場所を見失っている点では似ている。デイヴィスの奇行は常識的ではないが、彼だけが取り繕わずに生きている。その危うさが、カレンとクリスにとっては救いになっていたのだと思う。

特にクリスとの関係が良かった。デイヴィスは模範的な大人ではない。適切な助言をするわけでもなく、むしろかなり無責任で危険だ。それでもクリスの悩みを否定せず、過剰に同情もせず、ひとりの人間として扱う。クリスもまた、デイヴィスの中にある深い傷を見抜いていた。家を破壊している最中に、クリスがデイヴィスの口角を持ち上げて笑顔を作らせる場面には、不器用な優しさがあった。大人が少年を救うのではなく、互いの欠けた部分を補い合っている関係に見えた。

終盤、デイヴィスはジュリアの妊娠と浮気を知る。ここで普通の映画なら、裏切られた怒りが前面に出てもおかしくない。しかし本作は、妻を善人にも悪人にも描かない。ジュリアにも孤独があり、デイヴィスに言えない苦しみがあったのだろう。デイヴィスは妻の秘密を知ったことで、初めて自分が何も見ていなかったことを思い知らされる。彼が本当に壊したかったのは、家ではなく、自分が幸せだったと思い込んでいた偽物の記憶だったのかもしれない。

そして、車内に残されたメモを見つけたことで、ようやくデイヴィスの感情が動き出す。「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」という言葉は、劇中の事情だけを考えればジュリアと別の男の関係を示すものでもある。だから決して美しいだけの言葉ではない。それでもデイヴィスにとっては、妻が確かに生き、誰かを想い、迷い、苦しんでいた証しだった。自分の知らない妻の人生に触れた瞬間、彼はようやくジュリアを一人の人間として見ることができたのだと思う。

最後にデイヴィスがメリーゴーラウンドを設置する場面も象徴的だった。彼は壊したままでは終わらない。解体した後、自分なりの形で何かを作り直す。家を再建するのではなく、子供たちが遊ぶ場所を作るところが良い。過去を元通りにすることはできないが、過去から受け取ったものを別の形で未来に残すことはできる。これこそが、この映画の描く再生なのだろう。

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momoko
「この映画って、表面だけ観ていたら意味が分からないわ。デイヴィスは完全に気が狂っているように見えるもの。」

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yoribou
「最後のメリーゴーラウンドまで含めて、確かに難しい映画だった。ただ、破壊から再生へ向かう流れには一貫性があったよ。」

俺はこの作品を、悲しみは泣くことだけでは表せないという映画だと感じた。怒り、無気力、奇行、破壊、沈黙。どれも悲しみの姿になり得る。デイヴィスの行動は理解しづらく、共感できない部分も多い。それでも、自分の感情が分からなくなったとき、一度すべてを止めて、何が本当に必要だったのかを確かめることは大切だと思った。壊すことが正解なのではない。壊れるほど追い詰められて初めて、自分が何を見ないふりしていたのかに気づくことがあるという話だ。

派手な感動作ではないし、観終わってすぐにすべてを理解できる映画でもない。だが、時間が経つほどデイヴィスの空虚な表情や、突然踊り出す姿、家を壊す音、最後に流す涙が残ってくる。ジェイク・ギレンホールの演技も素晴らしく、壊れているのにどこか滑稽で、危険なのに寂しげで、最後には妙に愛おしく見えてくる。難解ではあるが、人が喪失を受け入れるまでの過程を、これほど独特な方法で描いた作品は珍しい。俺にとっては、失ったものを忘れるのではなく、失った事実ごと抱えて生き直す映画だった。

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モテ男目線での考察

モテる男は、相手がそばにいることに安心しすぎてはいけません。デイヴィスは妻と暮らしていましたが、妻の心までは見ていませんでした。関係が続いていることと、愛情が通じ合っていることは別物です。女性の変化や沈黙に気づき、言葉にならない感情まで知ろうとする姿勢が必要です。ただ優しくするだけでは足りません。相手の人生に関心を持ち続けることが、本当の意味で女性を大切にすることなのでしょう。

◆教訓

大切な人を失って初めて気づくのではなく、そばにいるうちに相手の心を見つめ、自分の本当の感情と向き合うことが大切だ。

◆評価

項目 点数 コメント
ストーリー 17 / 20 妻を失った男が、破壊を通して自分の感情を
取り戻していく独創的な物語です。
演技 19 / 20 ジェイク・ギレンホールが、心の麻痺と危うさ
を繊細に表現しています。
映像・演出 18 / 20 解体やダンスの場面を印象的に使い、主人公
の内面を視覚的に描いています。
感情の揺さぶり 17 / 20 感情を失った主人公が最後に涙を流すまでの
過程が胸に残ります。
テーマ性 17 / 20 喪失、夫婦のすれ違い、破壊からの再生を
深く掘り下げています。
合計 88 / 100 悲しみを直接描くのではなく、人生を一度
解体することで本当の感情を取り戻して
いく、独創的な喪失と再生の人間ドラマ
です。

◆総括

『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』は、妻を失った男が悲しみに沈むのではなく、身の回りの物や自宅を壊すことで、自分の感情や結婚生活を一つずつ解体していく異色のヒューマンドラマです。デイヴィスの行動は常識では理解しにくく、序盤は冷たく奇妙な人物にも見えます。しかし、その破壊行為の奥には、突然の喪失を受け止められず、麻痺した心を何とか動かそうとする切実さがありました。

ジェイク・ギレンホールは、悲しみを表に出せない男の空虚さ、危うさ、滑稽さを繊細に演じています。物語が進むにつれ、デイヴィスが妻を愛していなかったのではなく、そばにいる妻の心を見ようとしていなかったことも浮かび上がります。カレンやクリスとの交流を通して、彼はこれまで閉ざしていた感情に少しずつ触れ、最後には妻への本当の想いを認めます。

すべてを壊した先に待っていたのは、過去を忘れることではなく、失ったものを受け入れたうえで人生を組み立て直すことでした。分かりやすく泣かせる作品ではありませんが、喪失や悲しみの表れ方は人それぞれであることを、独創的な演出で描いています。観終わった直後よりも、時間が経ってから主人公の行動や最後の涙が心に残る、静かで深い再生の物語です。

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