【映画】『すばらしき世界』(2021年) 過去を背負いながらも、真っ直ぐに“今”を生きようとする男。――再出発に光はあるのか | ネタバレあらすじと感想

ドラマ
レビュー/考察

『すばらしき世界』(2021)— 不器用さと誠実さで世界を切り拓く

ヒューマンドラマ
2021年
日本
126分

元受刑者の再出発を、感傷に流さず人間の尊厳として見つめる。西川美和監督×役所広司が到達した静かな到達点。

◆作品情報

  • 監督・脚本西川美和
  • 原案佐木隆三
  • 出演役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白竜 ほか
  • 配給ワーナー・ブラザース映画
  • 公開2021年
  • 上映時間126分
  • 製作国日本
  • ジャンルヒューマンドラマ
  • 視聴環境Amazon Prime/自室モニター/Anker Soundcore AeroClip

◆キャスト

  • 三上正夫:役所広司 代表作『孤狼の血』(2018)
  • 津乃田龍太郎:仲野太賀 代表作『今日から俺は!!劇場版』(2020)
  • 吉澤遥:長澤まさみ 代表作『コンフィデンスマンJP』(2019)
  • 庄司敦子:梶芽衣子 代表作『極道の妻たち』(1986)
  • 西尾久美子:安田成美 代表作『風の谷のナウシカ』(1984)


◆ネタバレあらすじ

あらすじ(ネタバレなし)

殺人の罪で13年の刑期を終えた三上正夫(役所広司)は、長い服役生活を終えて社会へ戻ります。しかし、出所した彼を待っていたのは、想像以上に変わり果てた現代社会でした。スマートフォンもネットも使いこなせず、仕事も住まいもままならない。そんな中、身元引受人となった弁護士の庄司(梶芽衣子)夫妻の支えを受けながら、三上は自立を目指して少しずつ生活を立て直していきます。
誠実で真っ直ぐな性格ながらも、短気で不器用な三上。社会に馴染めない姿は痛々しくもあり、同時に人間の温かさを思い出させます。やがて彼の生き方に興味を持った若手テレビディレクター・津乃田(仲野太賀)とプロデューサーの吉澤(長澤まさみ)が、ドキュメンタリー番組の題材として三上に接近します。彼らとの出会いが、三上の人生を新たな方向へと導いていくのです。

ここからネタバレありです

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三上は、テレビ取材を通して「母を探す」という目的を持つようになります。幼い頃に生き別れた母の消息を追うその姿は、取材チームにとって“感動の再会”を描く絶好の題材でした。しかし、メディアの思惑とは裏腹に、三上は過去の罪と向き合いながら、誰よりも誠実に「人として生き直すこと」に向き合っていきます。
やがて母の居場所を知る手がかりが見つかりますが、再会は思いもよらぬ形で訪れます。世間の偏見や現実の壁に何度も打ちのめされながらも、三上は周囲の善意に支えられ、懸命に前を向こうとします。
ラストでは、再出発を誓う三上の姿が描かれ、罪を背負いながらも「それでも生きていく」人間の強さと希望を静かに伝えます。社会から取り残された一人の男が、もう一度“すばらしき世界”を信じようとする物語です。

momokoアイコン

momoko
「ヤクザな人は住みにくい世界でしょうね。」

yoribouアイコン

yoribou
「役所広司の演技はすごいね。住みにくい苛立ちを肌身に感じた。」

◆考察と感想

『すばらしき世界』を観てまず思ったのは、西川美和監督が描く「人間の尊厳」というテーマが、これまで以上に静かで、そして痛切だったということだ。役所広司演じる三上正夫という男は、ただの元受刑者ではない。彼は、自分の中に残った“まっすぐさ”を信じたいのに、それを社会が受け止めきれない。社会のルールが正しい一方で、彼の不器用な正義感がぶつかり続ける。その衝突こそが、この映画の核心だと思った。

出所したばかりの三上は、スマホひとつ使いこなせず、仕事も定まらず、生活の基盤を築くことすらままならない。だが彼には「人として生き直す」という強い意志がある。そこに惹かれた若手テレビディレクター・津乃田と、商業主義に長けたプロデューサー吉澤が関わることで、物語は現代社会の“善意の形”を炙り出していく。
面白いのは、三上の存在が彼らにとって“ドキュメンタリーの素材”であるという事実だ。つまり、三上の人生は本人にとって生き直しの物語であると同時に、メディアにとっては「視聴率のための物語」でもある。この二重構造が、西川監督の冷徹なまなざしを象徴しているように感じた。

長澤まさみが演じる吉澤は、一見冷たく計算高いが、やがて三上との関わりを通じて“人を信じる”という感覚を取り戻していく。その過程が見事だった。仲野太賀演じる津乃田もまた、若者としての正義感と商業的圧力の間で揺れ動く。彼らは皆、「善意で動いているのに、結果的に誰かを利用してしまう」という現代的な矛盾を抱えている。そこがリアルで痛い。俺はこの映画を見ながら、自分も知らず知らずのうちに、他人の“生”を都合よく解釈しているかもしれないと思った。

そして何より、役所広司の演技が圧巻だ。彼が演じる三上には、過去の罪を悔いながらも、それを補うように「真っ直ぐでありたい」という切実さがある。些細なことで怒鳴り、他人に迷惑をかけ、社会的に“問題のある人”として見られてしまう。それでも嘘がつけず、相手の目をまっすぐ見て話す。そこには、現代人が忘れかけた誠実さが宿っていた。
特に印象的なのは、三上が母を探す場面。再会の期待と不安を抱きながらも、彼の表情はどこか子どものようで、心が締めつけられた。母との再会がもたらすものは、決して感動的な奇跡ではない。むしろ、現実の残酷さと、時間の流れの冷たさだった。それでも、三上は前を向こうとする。彼の中には、何度倒れても立ち上がろうとする意志があった。

この映画のタイトル『すばらしき世界』には皮肉も込められている。社会の中で正しく生きることが、誰にとっても“すばらしい”わけではない。だが、三上のように、人間らしくあろうとする姿こそ、本当の“すばらしさ”なのかもしれない。監督は、社会の冷たさを描きながらも、人間の希望を決して否定しない。そのバランスが絶妙だ。
音楽の静けさ、映像の抑制、光と影のコントラスト――どれもが三上の孤独と向き合うように設計されていて、観終わった後にじわじわと胸に残る。
俺にとって、この映画は“希望”を描いた作品ではない。むしろ、“それでも生きるしかない現実”を描いた作品だ。だけど、だからこそ美しい。人間は完全に報われなくても、誰かの支えや一瞬の笑顔で、少しだけ前に進める。その小さな一歩こそが、「生きる」ということの意味なんだと感じた。

観終わった後、心の奥で静かな感動が長く残った。社会に不器用な人間を笑う世界よりも、不器用でも正直に生きる人を見つめる世界のほうが、ずっとすばらしい。三上の姿に、それを教えられた気がする。西川美和監督らしい、誠実で、深く、そして人間らしい一本だった。

モテ男目線

『すばらしき世界』の三上みたいな男、実はモテる。派手さもスマートさもないけど、嘘をつかず、まっすぐ相手を見る。誤魔化さない男は、時間が経つほど信頼される。恋愛でも同じで、器用に立ち回るよりも、誠実に向き合うほうが結局強い。
「うまく生きる」より、「正直に生きる」方を選ぶ男。そんな生き方に惹かれる女性は少なくないはずだ。

◆教訓・学び

不器用でも、誠実に生きる男こそが、最も人の心を動かし、最終的にモテる。

◆似ているテイストの作品

  • 『渇水』(2023年/日本)
    社会の冷たさと人間の温もりの狭間で揺れる一人の公務員を描くヒューマンドラマ。
    孤独と誠実さを抱えて生きる主人公の姿が、『すばらしき世界』の三上と深く重なる。
  • 『892 ~命をかけた叫び~』(2022年/アメリカ)
    社会に見捨てられた男が、尊厳を取り戻そうと声を上げる実話ドラマ。
    「報われない現実の中でも人間の尊厳を守る」というテーマが共鳴する。

◆評価

項目 点数 コメント
ストーリー 19 / 20 社会の片隅で生きる元受刑者の再生を描く骨太な人間ドラマ。派手な事件性はないが、誠実な構成と脚本の深みが圧倒的。
演技 20 / 20 役所広司の存在感が神がかり的。怒りも悲しみも、すべて背中で語る。仲野太賀や長澤まさみもそれぞれの“善意の迷い”を見事に体現。
映像・演出 19 / 20 西川美和監督らしい、抑制されたカメラと光のコントラストが見事。都会の喧騒と孤独を映し出す映像詩のような演出。
感情の揺さぶり 20 / 20 三上の言葉や沈黙が胸を刺す。感動を押し付けず、観る者が“生きる意味”を考えさせられる。静かな涙が自然に溢れるタイプの感動。
オリジナリティ・テーマ性 19 / 20 再出発・更生という題材を、感傷に流さずリアルに描く誠実さ。人間の尊厳とは何かを問い続ける、監督の信念が滲む。
合計 97 / 100 人間の不器用さと誠実さを真正面から描いた秀作。涙よりも“静かな感動”で満たされる。役所広司の圧倒的演技が心に残る。

🎬 総括コメント

『すばらしき世界』は、西川美和監督がこれまで描いてきた“人間の真実”を極限まで研ぎ澄ました傑作だ。元殺人犯の再出発という重い題材ながら、映画はどこまでも温かく、誠実だ。三上正夫は社会の中で不器用に、でも真っ直ぐに生きようとする。彼の生き方は、現代を生きる俺たちに「正直に生きるとは何か」を突きつける。

役所広司の芝居は圧巻だった。怒鳴り声の裏にある優しさ、沈黙の中に宿る後悔。どの瞬間にも“人間”がいた。仲野太賀の若さと理想、長澤まさみの現実的な視線との対比も、世代を超えた価値観のズレを巧みに映し出していた。

この作品が素晴らしいのは、「希望」を押し付けないことだ。社会の現実は冷たく、誰もが正義を語る資格を持っていない。だが、それでも人を信じたい、誰かと繋がりたい――そんな小さな願いを描くことに、映画の本質がある。

観終わった後、派手な感動はない。けれど、胸の奥に温かな痛みが残る。人生に失敗しても、人はまだやり直せる。社会に拒まれても、誰かが見ていてくれる。三上の姿は、不器用でも誠実に生きようとするすべての人へのエールだ。

西川美和監督が描く“すばらしき世界”とは、完璧な社会でも、成功した人生でもない。失敗を重ねながらも、なお誰かを思い、信じ、立ち上がる人々のことだ。静かで、深く、心の奥に沁みる――まさに“生きること”そのものを映した映画だった。



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