◆映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』(2021)ネタバレあらすじ・ラスト結末・考察と感想|岡田准一が“殺さない”強さで偽善者を打ち負かす
本ページは、映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』の作品情報 / キャスト / ネタバレなし・ありあらすじ / 考察と感想 / もて男目線 / 教訓 / 似ている作品 / 評価 / 総括を、検索を意識したまとめです。
◆映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』の作品情報
- 監督・脚本:江口カン
- 脚本:山浦雅大
- 原作:南勝久『ザ・ファブル』
- 出演:岡田准一、堤真一、木村文乃、平手友梨奈、安藤政信 他
- 主題歌:Lady Gaga & Ariana Grande「Raion On Me」
- 配給:松竹
- 公開:2021年
- 上映時間:131分
- 製作国:日本
- ジャンル:アクション、クライム、コメディ
- 視聴ツール:Netflix、自室モニター、WI-1000XM2
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◆キャスト
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佐藤アキラ(ファブル):岡田准一
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宇津帆:堤真一
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佐藤ヨウコ:木村文乃
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佐羽ヒナコ:平手友梨奈
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鈴木:安藤政信
◆あらすじ
◆ネタバレなし(前半)
裏社会で“ファブル”と恐れられる伝説の殺し屋・佐藤アキラは、ボスの命令で「1年間、誰も殺さず普通に暮らせ」という休業ミッションを課されます。相棒ヨウコと兄妹を装い、デザイン会社オクトパスで働きながら、ごく平凡な暮らしを練習する日々です。そんな街には、子どもを守るNPO団体があり、代表の宇津帆は善意の顔で支持を集めています。アキラは車椅子の少女ヒナコと出会い、彼女の傷と努力に心を動かされますが、周囲では不審な事件が続き、会社の仲間までもが危険に晒されます。殺しを禁じられた最強の男は、守るために“普通”をどう貫くのかが問われていきます。アキラは感情を表に出さず、言葉もどこかズレていますが、その不器用さが周囲には妙に誠実に映ります。ヒナコは過去の事件で心身に深い傷を負い、宇津帆の事務所で働きながらリハビリに励んでいました。偶然の縁で距離が縮まる二人。しかし宇津帆の周囲には、プロの匂いを漂わせる男が出入りし、善意の看板の裏側に別の目的があることを示唆します。やがてアキラは、誰かを救うには力だけでなく選択が必要だと気づき、静かな街は一気に戦場へ傾きます。それでも彼は約束を破りません。最後まで。。
ここからネタバレありです。
ネタバレあり(クリックで開閉)
宇津帆は慈善家を装いながら、裏では若者を脅して金を奪い、口封じに殺害も行う偽善者でした。標的にされた貝沼は拉致され、アキラは救出に動きますが、宇津帆側の殺し屋・鈴木が立ちはだかります。鈴木はヨウコを襲うも返り討ちに遭い、アキラの正体がファブルだと確信します。宇津帆はさらにヒナコへ「両親を殺したのはアキラだ」と嘘を吹き込み、復讐心で操ろうとします。呼び出されたアキラは事務所爆破に遭い、団地で銃撃戦と肉弾戦の連続へ。終盤、山中でヨウコが人質にされますが、ヒナコは警察発表との矛盾から真犯人が宇津帆だと見抜き発砲。アキラは地雷の危険から彼女を救い、宇津帆は最期まで自分本位に幕を引きます。宇津帆がファブルを憎む理由は、過去にファブルが仕留めた男が実弟だったからです。弟の仇討ちに執着する宇津帆は、あえて「殺さない」縛りを利用し、アキラを追い詰めます。鈴木も最初は敵ですが、土壇場ではアキラの指示でヒナコ救出に加勢し、プロとしての矜持を見せます。ラストは派手な勝利よりも、救われた命と「殺さない選択」が残り、アキラの静かな優しさが際立ちます。余韻が深い結末です。
◆『亜人』(2017年)考察&感想
◆俺の考察&感想
本作は単なるアクション続編ではない。むしろ前作以上にテーマ性を強めた“倫理の物語”だと思う。最強の殺し屋が「殺さない」という縛りを課せられる。この設定はギミックに見えて、実は人間性の実験だ。力がある者が力を使わない選択をする。その難しさと尊さを描いている。
アキラは6秒で相手を仕留める伝説を持つ男だ。だが本作で彼が見せるのは無双ではなく抑制だ。相手を倒すことは簡単だ。しかし殺さない。ギリギリで止める。そこにこそ緊張感がある。団地での銃撃戦も、山中での攻防も、観ている側は「撃てば終わるのに」と思う瞬間がある。だが撃たない。ここが本作の核心だ。
宇津帆は面白い存在だ。表では善人、裏では冷酷な搾取者。だが彼は単純な悪ではない。彼は“物語”を利用する男だ。被害者のふりをし、弟の仇というストーリーを自分に与え、ヒナコにも復讐という物語を与える。人間は物語に酔う。自分が正義だと思える筋書きを欲する。その弱さを象徴しているのが宇津帆だ。
堤真一演じる宇津帆、安藤政信演じる鈴木、平手友梨奈演じる砂羽ヒナコ。一見すると慈善団体のメンバーだが、その実態は偽善と支配の構図だ。
宇津帆は慈善団体を隠れ蓑に若者を搾取する。その隣で鈴木はプロとして冷徹に任務をこなし、ヒナコは傷を抱えながら利用される立場に置かれている。この三者の関係性は、善意という言葉の危うさを可視化している。正義の仮面ほど恐ろしいものはない。
一方アキラは物語を語らない。自分を正当化しない。感情もほぼ出さない。ただ目の前の命を守る。その無骨さが逆に誠実だ。ヒナコに対しても同情ではなく責任で動く。「普通ってそういうもんやろ」という台詞に、本作のテーマが集約されていると感じた。普通とは感情の起伏ではなく、選択の積み重ねなのだ。
アクション面は前作よりさらに洗練されている。カーアクションのスピード感、団地の足場を使った縦の動き、そして山中の緊迫した距離戦。どれも派手だが、どこか現実的だ。CGに頼り切らず、身体性が前面に出ている。主演の岡田准一がファイトコレオグラファーも務めているだけあり、無駄のない動きがキャラクターの合理性と一致している。アキラの戦いは怒りではなく計算だ。その冷静さが画面から伝わる。
木村文乃演じる佐藤ヨウコ。ファブルより1/100弱いと言われながらも、圧倒的な記憶力と胆力で物語を支える存在。
ヨウコの存在も忘れてはならない。彼女はアキラの影に隠れるキャラクターではない。記憶力と観察力、そして度胸で危機を切り抜ける。強さとは腕力だけではないという証明だ。彼女の軽妙さがあるからこそ、物語の緊張は重くなりすぎない。
ヒナコの存在も重要だ。彼女は被害者であり、利用される存在でありながら、最後は自分で真実に辿り着く。宇津帆の言葉の矛盾を見抜く瞬間は、本作のカタルシスの一つだ。守られるだけのヒロインではない。立ち上がる姿が象徴的だ。アキラが救ったのは命だけではなく、彼女の選択の自由だと感じた。
本作が優れているのは、勝利の快感よりも“止める強さ”を描いた点だ。普通のアクション映画なら敵を倒して爽快で終わる。しかしここでは、殺さないことが勝利だ。復讐の連鎖を断つことが勝利だ。宇津帆が最後に見せる自滅的な態度も、結局は自分の物語に酔った末路に見える。
俺はこの作品を観て、「強いとは何か」を考えた。腕力か、技術か、支配力か。いや違う。衝動を制御できることだ。撃てるのに撃たない。殺せるのに殺さない。その選択ができる者だけが、本当の意味で強い。
続編でありながら、スケールアップよりも内面に踏み込んだ点は評価したい。派手さは十分あるが、それ以上に哲学がある。だからこそ、単なる娯楽で終わらない。俺にとって本作は、アクション映画の形をした倫理ドラマだ。強さと優しさは両立するのか。その問いに対して、アキラは静かに「できる」と示した。そこに痺れた。
◆もて男目線の考察
本当にモテる男は、力を誇示しない。アキラは最強なのに、自分からは語らないし、必要以上に傷つけない。守ると決めたら黙って動く。これが色気だ。宇津帆のように言葉で正義を飾る男は信用されない。ヒナコが最後に真実を見抜いたのも、誠実さの差だ。強さを隠し、優しさを行動で示す。それが大人の男の魅力だ。
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◆教訓、学び
本当にモテる男とは、力をひけらかさず、怒りよりも理性を選び、守るべき人のために静かに行動できる男である。
◆似ているテイストの作品
『声 姿なき犯罪者』(2019年)
悪意が「見えない距離」から人を追い詰め、正義が追いつかない緊張感が続くスリラー。
表の顔と裏の顔を使い分ける悪の構図が、『殺さない殺し屋』の偽善者 vs. 静かな実力者という対立と相性がいい。
『マイホームヒーロー』(2024年)
家族や仲間を守るために、主人公が「越えてはいけない一線」と向き合うサスペンス。
「やれる力はある。でもやらない/やれない」という葛藤が、『ファブル2』の“殺さない縛り”と同じ温度で刺さる。
◆評価
| 項目 | 点数 | コメント |
|---|---|---|
| ストーリー | 19 / 20 | 「殺さない」という縛りを、単なるヒーロー縛りではなく“倫理の地雷原”として機能させた構成が巧い。 善人面のNPOが裏で人を喰う、という皮肉が序盤から効いていて、平穏→疑念→爆破→追跡と加速が気持ちいい。 アキラが正義で動かず、責任と選択で動くからこそ物語が甘くならない。 ラストの「真犯人を見抜く」回収まで含め、復讐の連鎖を断つ着地が綺麗だ。 |
| 演技 | 19 / 20 | 岡田准一のアキラは、無表情と淡々さで“異物感”を維持したまま、守る瞬間だけ熱が差すのがズルい。 木村文乃のヨウコは、強さと色気のバランスが抜群で、続編の説得力を一段上げた。 堤真一の宇津帆は、善人の仮面が薄く剥がれるたびに不快さが増していく演技設計が怖い。 平手友梨奈のヒナコは、怯え→疑い→怒り→自立の振れ幅が大きく、物語の心臓になっている。 |
| 映像・演出 | 19 / 20 | 立体駐車場の“車VS人間”は、状況の分かりやすさと危険のリアルさで一発で掴みに来る。 団地の足場・狭い通路・生活空間を使ったアクションが、日常に殺意が侵入する感覚を作っている。 速いのに見失わないカメラと編集で、岡田の身体能力が誇張ではなく“戦術”として見える。 殺さずに制圧する工夫(距離・角度・止めどころ)を映像で納得させたのが強い。 |
| 感情の揺さぶり | 20 / 20 | ヒナコが「警察は喉を斬られたなんて言ってない」と矛盾を突く瞬間、ここまで積んだ苦しみが一気に反転する。 アキラが“普通”を学ぶほどに、普通の世界の悪意が刺さってくるのがしんどい。 ヨウコが人質にされても、泣き叫びで逃げないから緊張が落ちず、逆に胸が熱くなる。 最後の手紙が、勝利の爽快感ではなく「立ち上がる未来」を残して余韻を深くする。 |
| テーマ性 | 18 / 20 | 「殺さない」は優しさではなく、力を持つ者の責任だと突きつけるテーマが太い。 偽善(正義の看板)こそ最も暴力的、という描き方が現代的で刺さる。 アキラ=抑制、宇津帆=物語に酔う正当化、という対比で“正義の中毒”を見せる。 完全な救済ではなく、選択の結果として希望を残す締め方が渋い。 |
| 合計 | 95 / 100 | 「殺さない」を綺麗事ではなく“強さの証明”として描き切った、続編として理想的な一本。 偽善者・宇津帆の薄気味悪さと、アキラの無骨な誠実さがぶつかり、対立そのものがテーマになる。 立体駐車場と団地アクションの圧で走り切り、最後はヒナコの自立で胸を締める余韻が残る。 |
◆総括
作は、「最強の殺し屋」という分かりやすいフックを使いながら、実際に描いているのは“力をどう使うか”という倫理の物語だ。
アクションは確実に前作以上。立体駐車場のカーアクション、団地での足場を使った攻防、山中での緊迫した対峙――どれもスピードと整理が両立し、観客を置いていかない。主演の岡田准一が体現する「無駄のない戦い方」が、そのままキャラクター性になっているのも大きい。
だが、この映画の本当の強みはそこではない。
“殺せるのに殺さない”という選択を最後まで貫いたことだ。
敵である宇津帆は、善意を装いながら他人の物語を利用する偽善者。一方アキラは、自分を正当化せず、語らず、ただ責任で動く。正義を叫ぶ男よりも、黙って守る男の方が強いという対比が鮮明だ。
ヒナコの覚醒も重要なポイントだ。彼女は守られる存在から、自分で真実を見抜く存在へ変わる。ラストに残るのは復讐の達成感ではなく、「立ち上がる未来」という静かな希望だ。
✔ アクションの爽快感
✔ キャストの演技力
✔ 偽善と誠実の対比
✔ “強さとは何か”という問い
これらを高いレベルでまとめた続編成功例だ。
単なるエンタメに見えて、実は「本当に強い男とは何か」を静かに提示する一本。
だからこそ観終わった後、派手な爆発よりも“選択の重み”が残る。


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