【映画レビュー】『ザ・ファブル』(2019)あらすじ・考察・評価まとめ
映画『ザ・ファブル』(2019年)を徹底レビュー。作品情報からキャスト、あらすじ(ネタバレあり)、考察&感想、評価、教訓、似ている作品までまとめています。
「最強なのに殺せない」という縛りが、笑いもアクションも底上げする快作です。
◆映画『ザ・ファブル』の作品情報
- 監督:江口カン
- 脚本:渡辺雄介
- 原作:南勝久
- 出演:岡田准一、木村文乃、山本美月、福士蒼汰、柳楽優弥 他
- 主題歌:レディー・ガガ「ボーン・ディス・ウェイ」
- 配給:松竹
- 公開:2019年
- 上映時間:123分
- 製作国:日本
- ジャンル:アクション、コメディ、クライム
- 視聴ツール:Netflix、自室モニター、WI-1000XM2
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◆キャスト
- 佐藤アキラ:岡田准一
代表作『SP 野望篇』(2010年) - 佐藤ヨウコ:木村文乃
代表作『屍人荘の殺人』(2019年) - 清水ミサキ:山本美月
代表作『ピーチガール』(2017年) - 小島:柳楽優弥
代表作『誰も知らない』(2004年) - 海老原:安田顕
代表作『愛しのアイリーン』(2018年)
◆あらすじ
まずはネタバレなしで概略をまとめ、その後に「ここからネタバレありです。」の合図を入れ、開閉式で結末まで詳細に解説します。
「ザ・ファブル あらすじ」「ザ・ファブル ネタバレ」「ザ・ファブル 結末」を探している人は、後半の開閉を開いてください。
裏社会で“都市伝説”と呼ばれる伝説級の殺し屋ファブルは、ボスの命令で「1年間、誰も殺すな」と休業を命じられます。
彼は一般人・佐藤アキラとして大阪へ移り、相棒として同行する女性要員は妹役の佐藤ヨウコを名乗ります。
社会経験がほぼないアキラは就職活動に苦戦し、食事や会話もどこかズレたままですが、周囲の人々と関わるうちに少しずつ“普通”を学んでいきます。
世話役となる組織の幹部・海老原は兄妹を温かく迎え入れ、平穏な生活を守ろうとします。
ところが、組織内では出所した小島と幹部の砂川が対立し、裏の争いが静かに拡大します。
さらに、健気に働く清水ミサキとの出会いが、アキラの心をわずかに揺らします。
一方、東京では若い殺し屋フードがファブルに憧れ、正体を追って暗躍。
笑いと緊張が同居する中、アキラの超人的スキルが“使えない”状況でこそ、彼の本当の凄さが浮かび上がります。
銃も武器も封印し、雑用係として働く彼が、周囲に怪しまれずに暮らすほど、迫る危険との距離は近づいていきます。
大阪の空気感と軽妙な会話も魅力です。進むね。
ここからネタバレありです。
ネタバレあり(開く)|結末・ラストまで詳細解説
組織内の火種は、小島がミサキを脅してAV出演を強要し始めたことで一気に燃え上がります。
海老原は事態を止めようとしますが、小島を排除したい砂川は外部の殺し屋フードを呼び寄せ、裏で抗争を加速。
フードたちは小島を痛めつけ、ついでにミサキを拉致して砂川のゴミ処理場へ運びます。
アキラは「殺さない」まま救出するため、手製の装備で単身潜入し、ヨウコが外から支援。
ミサキを救い出した後、小島も確保して脱出を図る途中、フードと激突します。
死なせずに無力化する難しさに苦戦しつつも、アキラは相打ち同然でフードを止め、ミサキを守り切ります。
最終的に小島は海老原の手で始末され、ボスはフード一味を処理して証拠を回収。
兄妹は何事もなかったように“普通の日常”へ戻ります。
処理場では鉄扉を盾にした突入や、落下穴の縁での攻防など見せ場が連続し、通信機が壊れてヨウコと連携が途切れるスリル満点です。
救出後、ミサキは兄妹の部屋を訪れ、アキラが描いた似顔絵を受け取って笑い泣きし、彼の不器用な優しさが伝わります。
殺し屋の才能と人間らしさ、その両方を選び直す物語として締まります。
そしてアキラは職場で淡々と雑用を続けますね。
だからこそ、日常パートのズレた笑いが、後半の救出劇で気持ちよく効いてくる。
◆考察&感想+ もて男目線
『ザ・ファブル』は一見、最強の殺し屋が“普通に暮らす”というギャップを笑うコメディに見える。だが本質はもっと静かで残酷だ。これは「才能の檻」に閉じ込められた男の物語だと思う。アキラは天才だ。銃も体術も思考速度も、常人を遥かに超えている。しかし彼は、自分の意思でその才能を使ってきたわけではない。幼少期からボスに育てられ、殺し屋として最適化された存在。それはもはや職業ではなく、設計図だ。だからこそ「一年間、誰も殺すな」という命令は、彼にとって最大の試練になる。腕を縛られるのではない。存在意義を奪われるのだ。
面白いのは、彼が“不殺”を守ろうとすればするほど、本当の強さが際立つ点だ。殺すのは簡単だ。だが殺さずに制圧するのは、遥かに難しい。終盤のゴミ処理場での戦闘は、そのテーマの集大成だと思う。弾を避け、距離を読み、最小限の力で無力化する。あのアクションは単なる見せ場ではない。「暴力を制御できる者こそ強者だ」というメッセージの視覚化だ。岡田准一の身体表現は、説得力の塊だった。
もう一つ印象的なのは、アキラの“ズレ”だ。枝豆を皮ごと食べ、猫舌で、笑いのツボも独特。普通の感情表現が薄い。しかし彼が描く似顔絵や、ミサキを助けたいと決意する瞬間には確かな温度がある。社会性は未熟でも、人としての芯はある。その不器用さが、この作品のコメディを単なる笑いで終わらせない。俺はあの似顔絵のシーンが好きだ。技術的には下手かもしれないが、そこには観察と愛情がある。殺し屋としての目が、初めて「守る対象」を捉えた瞬間だと感じた。
小島と砂川の対立も象徴的だ。小島は衝動、砂川は計算。どちらも暴力を欲望のために使う。一方アキラは、暴力を“道具”としてしか見ていない。その差が決定的だ。
柳楽優弥演じる小島と、向井理演じる砂川。いつ殺し合いが始まってもおかしくない緊張感。
だからこそ海老原は彼を認める。海老原の存在も大きい。古い任侠の美学を持ち、筋を通す男。彼が小島を自ら始末するラストは、冷酷でありながら責任の取り方としては筋が通っている。あの重みがあるから物語は締まる。
ボスの視点も興味深い。アキラを社会に放り込むのは、単なる休暇ではない。実験だ。殺し屋としての完成度が落ちるのか、それとも別の進化を遂げるのか。つまり彼は“道具の性能テスト”をしている。だが俺は、ボスの思惑とは別に、アキラは確実に変わり始めていると思う。ミサキを救ったのは命令ではない。自分の意志だ。その瞬間、彼は初めて「選択」した。そこにこの物語の核心がある。
アクション、笑い、裏社会の抗争。表面はエンタメだ。しかし中身は、「環境に規定された人間が、自分の人生を取り戻せるか」という問いだ。最強であることは、必ずしも自由ではない。むしろ不自由だ。だからこそアキラが雑用をし、時給が上がって喜ぶ姿が尊い。あの何気ないシーンが、銃撃戦よりも強く残る。
木村文乃演じる佐藤ヨウコ。重くなりがちな空気を軽くする貴重な存在。
ヨウコの存在も忘れてはならない。彼女がいるから、この物語は重たくなりすぎない。陽気で酒好き、しかしいざという時は冷静に支援する。アキラという天才の隣に立てる数少ない人物だ。彼女の軽さは、物語の呼吸そのものだと感じた。
俺にとってこの映画は、“強さとは何か”を再定義する物語だ。殴り勝つことではない。撃ち勝つことでもない。衝動を制御し、守るべきものを守り抜くこと。それが本当の強さだと、この作品は静かに語っている。
この映画が教えるのは「本当の強さは余裕から生まれる」ということだ。アキラは最強だが、見せびらかさない。守ると決めたら黙って動く。これがモテる男の本質だ。力を誇示しない、感情に振り回されない、でも大事な瞬間には一歩前に出る。日常を丁寧に生きながら、いざという時は背中で語る。そんな男に人は惹かれる。
◆教訓、学び
本当にモテる男とは、力を誇示せず、衝動を制御し、守るべき人を静かに守れる余裕を持つ男である。
◆似ているテイストの作品
『ヒットマンズ・ボディガード』(2017年)
“殺しのプロ”を主軸にしつつ、緊張感あるアクションと軽妙な掛け合いでテンポ良く転がすタイプ。
シリアスになり切らず、笑いで緩めながら一気に畳みかけるノリが『ザ・ファブル』と近い。
『ビーキーパー』(2024年)
主人公が圧倒的な実力で“面倒ごと”を最短距離で片付けていく痛快アクション。
無駄のない立ち回りと「強すぎる男」を見せる快感が、『ザ・ファブル』のツボと噛み合う。
◆評価
| 項目 | 点数 | コメント |
|---|---|---|
| ストーリー | 19 / 20 | 「一年間、誰も殺すな」という縛りが、主人公の最強さを逆に面白くする最高の仕掛け。 日常パートのズレた可笑しさと、裏社会の汚さ・暴力の温度差が気持ちいい。 ミサキの脅迫問題が“守る理由”になり、アキラの行動がただの無双じゃなくなる。 クライマックスの救出劇まで、笑い→緊張→解放の流れがきれいに繋がる。 |
| 演技 | 18 / 20 | 岡田准一は“感情を落とした顔”のまま、身体だけで説得力を出すのが強い。 木村文乃のヨウコは、陽気さと危険な手際のギャップで場面を締める。 柳楽優弥の小島は小物の不快感が突き抜けていて、憎しみの燃料として完璧。 向井理の砂川も冷たい狂気が似合い、敵が立つからこそ無双が映える。 |
| 映像・演出 | 19 / 20 | 岡田准一の身体能力を“見せる”だけじゃなく、“間”で笑わせる演出がうまい。 銃撃や格闘の動きが読みやすく、カメラが酔わないから気持ちよく刺さる。 終盤のゴミ処理場は、暗闇・狭さ・金網など障害物がアクションを立体的にする。 「殺さない」縛りのせいで戦い方に工夫が生まれ、見せ場の種類が増えている。 |
| 感情の揺さぶり | 19 / 20 | ミサキが追い詰められる展開が生々しく、コメディの裏で胃がキュッとなる。 それをアキラが“静かに救う”ことで、スカッとするより先に安心が来るのが良い。 小島の暴走が「守る側」を苦しめ、日常が壊れていく怖さがある。 ラストの似顔絵は優しい着地で、暴力の後味をちゃんと中和してくれる。 |
| テーマ性 | 18 / 20 | 芯は「普通に生きる」ことの難しさで、最強の男ほど社会で不器用になる皮肉が効く。 “殺し屋の倫理”ではなく、“人を殺さない選択”を通して人間性が浮かび上がる。 ヨウコが支えることで、孤独な天才が初めて“チーム”を持つ物語にもなっている。 暴力を肯定せず、でも現実の汚さから目を逸らさないバランスが好印象。 |
| 合計 | 93 / 100 | 「最強なのに殺せない」という縛りが、笑いもアクションも底上げする快作。 岡田准一の無双を“変人日常”で転がしつつ、終盤は救出劇で一気に締める。 ギャグと暴力の温度差がクセになり、続編も見たくなる一本だ。 |
◆総括
『ザ・ファブル』(2019年)は、“最強の殺し屋が普通に生きる”という逆説を、笑いと本格アクションで成立させた異色作だ。
単なる無双映画ではない。むしろ「殺さない」という制約があるからこそ、主人公・アキラの強さがより際立つ構造になっている。
本作の最大のポイントは三つある。
ひとつ目は、ギャップの設計。
枝豆を皮ごと食べる男が、数秒で敵を制圧する。この落差が笑いと快感を同時に生む。
ふたつ目は、“不殺”というテーマ性。
殺すのは簡単だが、殺さずに守るのは難しい。終盤の救出劇は、暴力を誇示するのではなく、制御する強さを描く。
三つ目は、キャラクターの温度差。
ヨウコの軽やかさ、小島の小物的狂気、海老原の任侠。敵味方それぞれが立っているから、物語に厚みが出る。
そして何より、アキラがほんの少しだけ“自分の意思”で動いた瞬間に、この映画はただのアクションを超える。
最強であることより、普通に生きることのほうが難しい。
その皮肉と優しさが、この作品の余韻だ。
笑えて、スカッとして、最後に少しだけ沁みる。
エンタメの顔をした、人間再生の物語である。
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