なぜ今『イクサガミ』なのか――“本当の理由”
なぜ今『イクサガミ』なのか――この問いを考えるとき、俺がまず頭に浮かぶのは視聴データよりも、時代劇という職業と文化を、これから先も残せるのか?というリアルな問題だ。
Netflixのランキング上位を賑わせること自体は、正直もう驚きではない。
『今際の国のアリス』シーズン3が世界1位を獲得する時代になった今、「日本発の映像がグローバルTOP10に入る」のはもはや日常の景色に近い。
ただ、その中であえて “明治の侍デスゲーム” という超ド直球の時代劇を世界にぶつけてきた。
そこに『イクサガミ』という作品の本気度と覚悟を強く感じる。
『イクサガミ』という“オールジャパン時代劇”
『イクサガミ』は、第166回直木賞作家・今村翔吾による原作小説を基に、主演・プロデューサー・アクションプランナーを岡田准一が兼任する、完全オールジャパン体制の時代劇だ。

舞台は明治11年の京都・天龍寺。腕に覚えのある志士292人が集められ、首から下げた木札を奪い合いながら東京を目指すデスゲーム「蟲毒」に挑む。

主人公・嵯峨愁二郎は、妻と子を病から救うため再び刀を取る。
その設定だけ聞けば、少年マンガとバトルロワイヤルを掛け合わせたような「ド派手エンタメ」のように思える。

だが俺は、この作品が本当に狙っているのは“時代劇のアップデート” だと考えている。
失速した日本の時代劇と、消えかけた“仕事と土壌”
まず前提として、日本の時代劇はここ10〜20年で明らかに地盤沈下してきた。
象徴的なのが、2011年に『水戸黄門』が42年の歴史に幕を下ろしたことだ。
かつては子どもからシニアまで家族で楽しむ「お茶の間エンタメ」だった時代劇は、いつの間にか“シニア向けの古いドラマ”という扱いになり、テレビから姿を消していった。
今や、かろうじてNHK大河だけが一本の柱として残っているだけだ。
深刻なのは「視聴者が離れた」こと以上に、時代劇で食べてきた人々の仕事が減っているという現実だ。
殺陣師、所作指導、着付け、美術、時代考証…。時代劇は数多くの専門職の技術で成り立っているが、本数が減れば当然、現場そのものが消える。
岡田准一が「時代劇をつなぐために」と語った背景には、“このままでは文化も職人も先細って消えていく”という危機感があったはずだ。
昨年ヒットした映画『侍タイムスリッパー』でも、時代劇の苦境そのものが描かれていた。
笑いと涙の裏側で、「俺たちの世代で時代劇が終わるかもしれない」という現場の本音がにじんでいた。
だからこそ『イクサガミ』の成功は、単なるヒットではなく“時代劇という産業の未来を左右するターニングポイント”になり得ると、俺は思っている。
世界はすでに“次の時代劇”を求めている ――『SHOGUN 将軍』との対比
興味深いのは、日本では時代劇が“オワコン”扱いされる一方で、世界ではむしろ注目が高まっているという事実だ。
象徴的なのが真田広之主演の『SHOGUN 将軍』。
エミー賞最多ノミネート・最多受賞、シーズン2決定という大快挙。
そして何より胸を打ったのが、真田が受賞スピーチをあえて日本語で行い、時代劇の先人たちへの感謝を述べたことだ。
『SHOGUN 将軍』は厳密には日本製ではなく、ハリウッドの制作スタジオによる作品だ。
だが真田は、日本人キャストと時代劇専門家の参加を条件に出演し、結果として「侍の美学と死生観」を重厚に描いた“静の時代劇”が誕生した。
一方『イクサガミ』は、これとは対照的に“動の時代劇”を極めている。
長回しの殺陣、フィリピン武術カリのようなスピードと緊張感、血飛沫の中で笑う天明刀弥の狂気…。
『SHOGUN』が政治劇なら、『イクサガミ』は“生存劇”だ。

海外の視聴者がこの2作品を見比べたら、「時代劇ってこんなに幅広いのか」と驚くだろう。
つまり世界はすでに、“次のサムライ作品”を求めている。
『イクサガミ』は、その需要に真正面から応えた作品だ。
MADE IN JAPANの挑戦 ――オールジャパンで作られた時代劇
俺が『イクサガミ』に最も価値を感じるのは、“日本発の制作体制”で世界へ挑んでいる点だ。
Netflixという外資プラットフォームではあるが、実働部隊は完全に日本。
原作の今村翔吾、エグゼクティブプロデューサー髙橋信一、主演・岡田准一、そして阿部寛・二宮和也・山田孝之・玉木宏・東出昌大・染谷将太・横浜流星と、日本を代表する俳優たちが集結している。



さらに注目すべきは、今村翔吾が原作執筆段階から「Netflix×岡田准一」を想定していたという点だ。
旅の構造、デスゲーム的熱狂、山田風太郎作品のような荒唐無稽さ。
そこに「武士の終わり」「近代化の暴力」という歴史テーマを重ね、若者も世界も巻き込める時代劇として設計されている。

ここに俺は、“日本人が自分たちの武器を自覚し始めた”そんな空気を感じた。
デスゲーム時代劇が映す“現代日本の生きづらさ”
もうひとつ、『イクサガミ』が今見る価値のある作品である理由は、この物語が現代日本のリアルな痛みと強くリンクしているからだ。
明治初期という時代は、武士のアイデンティティが突然消滅した時代。
廃刀令、俸禄の廃止、西南戦争後の混乱…。昨日まで「侍」だった男たちが、今日から路頭に迷う。

これは、現代の俺たちが抱える不安と重なる。
終身雇用の崩壊、格差、失われていく仕事、近代化のスピード――。
蠱毒のルールは冷酷だ。木札が足りなければ進めない。裏切られれば即死。 協力か、孤立か。
これはもはやフィクションではない。競争社会のメタファーそのものだ。
だからこそ、嵯峨愁二郎が「家族を守るためにもう一度刀を取る」という姿に、現代の俺たちの感情が重なる。
『イクサガミ』は、ただのバイオレンスではない。“誇りとは何か” “どう生きるのか”という普遍的な問いを突きつけてくる作品だ。
結論:時代劇は「過去」ではなく「未来」を映すジャンルだ
結局、「なぜ今『イクサガミ』なのか?」という問いに俺が出した答えはシンプルだ。
時代劇というフォーマットを使うことで、今の日本の現実を、最もエモく、最もダイレクトに世界へ届けられるからだ。
時代劇は懐古趣味ではない。
刀と着物とちょんまげの世界を通して、「権力と個人」「伝統と変化」「誇りと食い扶持」「家族と自己犠牲」という普遍的テーマを極限状態で描けるジャンルだ。
そこにデスゲームやバトルロワイヤル的な装置を重ねれば、若い世代も世界の視聴者も一気に引き込まれる。
そして数字が示す通り、世界はすでにその方向を求めている。
何より、この作品の裏側には“時代劇をつないできた人たちの誇りを絶やさない”という作り手たちの強い意志がある。
真田広之が『SHOGUN 将軍』で海外へバトンを渡し、岡田准一が『イクサガミ』で国内から土壌を耕す。今村翔吾の物語がそれを支え、若いファンが新しい時代劇へ入ってくる。
この循環が回り始めたとき、俺たちはようやく胸を張って言える。「時代劇はまだ終わっていない」と。
血まみれの侍たちが走る東海道の向こうに、俺たち自身の未来が重なって見えてしまう。
時代劇は“過去の物語”ではなく、“これからの日本をどう生きるか”を考えるための最高のシミュレーションだ。
『イクサガミ』は、そのことを世界へ証明しようとしている一本だと、俺は確信している。
作品情報
【監督・脚本】藤井道人、山口健一
【監督】山本透
【脚本】矢代理沙
【出演】岡田准一、藤崎あゆみ、清原菓耶、東出昌大、染谷将太、八乙女太一 他
【企画・製作】Netflix
【公開】2025年
【上映時間】47分~58分 全6話
【製作国】日本
【ジャンル】時代劇、サバイバル、アクション
【視聴ツール】Netflix、自室モニター、AirPods Pro 3
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