俺の外見磨きは、オシャレから始まったわけではない。きっかけはもっと切実だった。「ハゲたくない」。その恐怖が、中学3年生の頃から俺の中に根を張っていた。
「ハゲたくない」から始まった、俺の外見磨き
「男は中身だよ。」
世の中ではよくそう言われる。もちろん、中身が大切なのは分かっている。優しさ、誠実さ、仕事への姿勢、会話力、落ち着き、思いやり。年齢を重ねるほど、それらが重要になることも理解している。
だが、俺は昔から、どうしてもそう思えなかった。
でも、最初の90%は外見だと思っていた。
清潔感。髪型。体型。服装。肌。姿勢。表情。
人は、最初の数秒で相手を判断する。そして、その印象を覆すのは難しい。
だから俺は、中学3年生くらいから、異常なくらい“ハゲ”を恐れていた。
父の一言で始まった、俺のハゲ恐怖
きっかけは父の言葉だった。
「お母さんのお父さん、若い頃からハゲてたからな。お前も絶対ハゲるぞ。」
今思えば、軽い一言だったのかもしれない。だが、当時の俺には強烈だった。
その瞬間から、俺の中で“ハゲ”は未来の恐怖になった。
まだ髪も普通にある。中学生で薄毛でもない。それでも、将来の自分の頭頂部を想像して怖くなっていた。
鏡を見る。前髪を見る。風呂場の抜け毛を見る。
「これ、増えてないか?」
そんなことばかり気にしていた。
今思えば、かなり神経質だったと思う。だが、当時の俺にとっては、それくらい深刻な問題だった。
なぜなら、俺は本気でこう思っていたからだ。
そして、その恐怖は高校、大学、社会人になっても続いていった。
冷水シャンプーの朝
高校では寮生活になった。
集団生活。時間も決められている。自由も少ない。
そんな環境の中でも、俺の“ハゲ対策”だけは止まらなかった。
当時の俺は、毎朝かなり早く起きていた。目的は、髪を洗うためだ。
しかも冷水。
今考えると、かなり無茶だったと思う。特に北海道の冬。朝の冷水なんて、頭が割れそうなくらい冷たい。
だが、当時の俺は、
と、本気で思っていた。
使っていたのは、スーパーマイルド シャンプー。
当時の俺の中では、“頭皮に優しい”イメージがあった。刺激が少なく、余計なダメージを与えない。そんな感覚で使っていた。
もちろん、科学的にどこまで正しかったかは分からない。だが、俺は本気だった。
毎朝、冷たい水で頭を洗う。眠気が吹き飛ぶ。冬は本当に地獄だった。
頭皮がキーンと痛くなる。耳まで冷える。それでも、俺は洗っていた。
シャンプーの後は、サクセス育毛トニック
そして、シャンプー後にはサクセス育毛トニック。
これも、当時の男たちにとっては“守りの象徴”みたいな存在だった。
シュッと吹きかける。スーッとする。
その瞬間、
「よし、今日も対策できた。」
という安心感があった。
今思うと、半分は精神安定剤だったのかもしれない。
だが、人間は“安心できる習慣”を持つことで救われる。当時の俺にとって、シャンプーと育毛トニックは、まさにそういう存在だった。
排水溝の髪を見る男
当時の俺は、風呂やシャワーのたびに、抜けた髪を見ていた。
排水溝に流れていく髪。指に絡まる髪。
それを見るたびに、不安になる。
「これ、多くないか?」
「昨日より増えてないか?」
そんなことを毎日のように考えていた。
特に怖かったのは、“洗いすぎ”だった。
俺の中では、
という感覚があった。
だから、必要以上にシャンプーをしたくない。だが、皮脂を放置するのも怖い。
つまり、
洗わなくても怖いし、洗いすぎても怖い。
完全に板挟み状態だった。
リンスも、やりすぎは危険だと思っていた。頭皮に残る。毛穴が詰まる。抜け毛につながる。
そういうイメージを勝手に作り上げていた。
今なら、もっと冷静に考えられる。だが、若い頃の俺にとって、“髪”は人生そのものだった。
帽子は危険物だった
当時の俺は、帽子もかなり警戒していた。
今でも覚えている。
帽子は蒸れる。
蒸れは毛根に悪い。
だからハゲる。
本気でそう思っていた。
特に夏。帽子の中が熱くなる感覚。汗をかく感覚。
あれが怖かった。
俺の中では、帽子の内部は“毛根破壊空間”みたいなイメージになっていた。
だから、なるべく長時間は被らない。脱げる場面ではすぐ脱ぐ。被った後は前髪を確認する。
鏡を見る。髪型が潰れている。すると焦る。
「やばい。」
当時は、それだけで不安になっていた。
今思えば、かなり極端だ。だが、若い頃の男のコンプレックスとは、そういうものだと思う。
周囲には言わない。だが、頭の中ではずっと気にしている。
照明。濡れた髪。風。美容院。
全部が気になる。
「ミツバチ族」を見ながら考えていたこと
昔、夏になると、本州から北海道へバイクで来る人たちがいた。
当時は“ミツバチ族”なんて呼ばれていた。
ヘルメットを被り、大きな荷物を積み、汗だくになりながら北海道を走る。自由そのものに見えた。
バイク。旅。開放感。
若い男なら、一度は憧れる世界だったと思う。
実際、俺もバイクには少し憧れがあった。
だが、その一方で、俺は別のことを考えていた。
今なら笑われるかもしれない。だが、当時の俺は本気だった。
長時間ヘルメットを被る。汗をかく。頭皮が蒸れる。圧迫される。
それは俺の中では、
“ハゲ一直線”
だった。
つまり、俺にとってバイクは、
「かっこいい乗り物」
であると同時に、
「毛根への危険物」
でもあった。
だから結局、自分でバイクを買うことも、乗ることもなかった。
本当は少し憧れていた。だが、“乗りたい”より“守りたい”が勝ってしまった。
若い頃の俺は、それくらい髪を守ることを優先していた。
社会人になっても消えなかった不安
社会人になってからも、その感覚は消えなかった。
客先へ向かう。仕事をする。大人として振る舞う。
だが、その裏で、俺はずっと頭皮を気にしていた。
当時、仕事ではバイクに乗ることがあった。当然、ヘルメットを被る。
夏場は特にきつい。
暑い。蒸れる。汗をかく。
信号待ちのたびに、頭の中で不安が膨らむ。
「これ、危ないんじゃないか?」
ヘルメットを脱ぐ。前髪が潰れている。汗ばんでいる。
すると、
「毛根、弱ってるんじゃないか。」
そんなことを本気で考えていた。
今なら、少し笑える。だが、当時は本当に真剣だった。
特に営業や客先対応では、“第一印象”が重要だと思っていた。
清潔感。髪型。雰囲気。
それらが崩れることが怖かった。
だから、ヘルメットの蒸れは、単なる不快感ではなく、“自分の価値を下げる危険”のように感じていた。
太ることへの恐怖
髪だけではない。俺は“太ること”もかなり警戒していた。
若い頃の俺は、
くらいに思っていた。
極端だが、本気だった。
だから、お酒を飲む時も、常に体重を気にしていた。
もちろん、酒は好きだ。楽しい。気分も上がる。
だが、その一方で、
「太るんじゃないか。」
という感覚がずっと頭の片隅にある。
飲みながらも、どこか冷静。
腹回り。顔。体重計。
全部気になる。
だから暴飲暴食は避ける。深酒も危険だと思っていた。
酒を飲みすぎると生活が乱れる。睡眠も崩れる。肌も悪くなる。体型も崩れる。
そして、その先には“だらしない男”がいる。
当時の俺は、そういう未来をかなり恐れていた。
タバコはハゲる
タバコも嫌だった。
若い頃から、
と信じていた。
血流。酸素。毛根。
詳しい理屈を理解していたわけではない。だが、“体に悪いものは頭皮にも悪い”という感覚があった。
だから、喫煙者を見ると、どこかで、
「将来、頭皮に来るんじゃないか。」
と思っていた。
今なら、もっと多角的に考えられる。だが、若い頃の俺は、とにかく“髪を守ること”が最優先だった。
そのためなら、生活習慣まで変える。
ある意味、それは執念だった。
「清潔感」に執着していた理由
今振り返ると、俺はずっと“清潔感”に執着していた。
それは単にオシャレをしたいわけではない。
不潔に見られたくない。
老けて見られたくない。
だらしなく見られたくない。
そういう恐怖が根底にあった。
だから、髪。肌。匂い。服。体型。
全部つながっていた。
そして、その感覚は今でも少し残っている。
だからこそ、今のシネマログのテーマにも、自然と“魅せる男”という視点が入っているのかもしれない。
映画のレビューを書いていても、結局気になるのは、
「この男、雰囲気あるな。」
「清潔感あるな。」
「落ち着いてるな。」
という部分だったりする。
若い頃は、単純に“髪があるかどうか”だけを見ていた。だが、年齢を重ねるにつれて、“雰囲気”の強さも分かってきた。
本当に魅力的な男とは何か
昔の俺は、
くらいに思っていた。
だが、年齢を重ね、映画を大量に観るようになり、少し考え方も変わった。
世の中には、髪の量だけでは測れない男たちがいる。
例えば、ジェイソン・ステイサム。
髪型で勝負しているタイプではない。だが、圧倒的にかっこいい。
存在感。声。体型。立ち姿。
全部込みで、“強い男”になっている。
ドウェイン・ジョンソンもそうだ。
髪の量より、空気感。
そして、ジョージ・クルーニーやキアヌ・リーブスのように、年齢そのものが魅力になっている男もいる。
若い頃の俺には、その魅力が分からなかった。
だが今は、少し分かる。
結局、“魅力”とは総合力なのだ。
清潔感。
姿勢。
落ち着き。
知性。
優しさ。
雰囲気。
そして、自分をどう管理してきたか。
そこに、人間は出る。
それでも、若い頃の不安は本物だった
ただ、だからといって、若い頃の俺の不安を否定する気はない。
あの頃の俺は、本当に怖かった。
排水溝の髪を見る。鏡を見る。前髪を見る。
風呂上がりに頭頂部を確認する。
帽子を気にする。ヘルメットを恐れる。
そして、冷水で頭を洗う。
それくらい必死だった。
男は案外、こういう不安を隠して生きている。
平気な顔をしていても、
「最近、前髪薄くなったか?」
「太って見えてないか?」
「老けて見えてないか?」
そんなことを考えている。
だから、外見磨きとは、単なる美容ではない。
外見だけではない。でも外見は入口だった
今の俺は、昔ほど極端ではない。
帽子を被っただけで毛根を心配することもない。ヘルメットで人生終了だとも思っていない。
だが、それでも、外見の重要性は理解している。
人は見た目で判断される。それは現実だ。
だからこそ、最低限の清潔感を保つ。体型を崩しすぎない。疲れ切った顔で放置しない。
それは、自分を大切にすることでもある。
そして、その先に初めて、中身が見えてくる。
つまり、俺にとって外見磨きとは、
「モテるため」だけではない。
なのだと思う。
最後に
中学3年生の頃、父に言われた一言。
「お前もハゲるぞ。」
そこから始まった、俺の長い“外見との戦い”。
冷水シャンプー。育毛トニック。帽子への警戒。ヘルメットへの恐怖。体重管理。酒・タバコへの意識。
今振り返れば、かなり神経質だったと思う。
だが、その積み重ねが、今の俺を作っている。
そして今は、少しだけ分かる。
本当に魅力的な男とは、“完璧な外見”の男ではない。
自分を管理しようとしてきた男。年齢を重ねながらも、清潔感を失わない男。そして、自分なりに努力を続けてきた男。
そういう人間に、雰囲気は宿る。
若い頃の俺は、髪の毛ばかり見ていた。だが今は、少しだけ、“男の空気感”を見るようになった気がしている。
最後に
中学3年生の頃、父に言われた一言。
「お前もハゲるぞ。」
そこから始まった、俺の長い“外見との戦い”。
冷水シャンプー。育毛トニック。帽子への警戒。ヘルメットへの恐怖。体重管理。酒・タバコへの意識。
今振り返れば、かなり神経質だったと思う。
だが、その積み重ねが、今の俺を作っている。
そして今は、少しだけ分かる。
本当に魅力的な男とは、“完璧な外見”の男ではない。
自分を管理しようとしてきた男。年齢を重ねながらも、清潔感を失わない男。そして、自分なりに努力を続けてきた男。
そういう人間に、雰囲気は宿る。
若い頃の俺は、髪の毛ばかり見ていた。だが今は、少しだけ、“男の空気感”を見るようになった気がしている。
たまに、
「凄いな。ふさふさやん。」
と言われることもある。
若い頃の“過剰なくらいの対策”が、本当にどこまで意味があったのかは分からない。
だが、自分なりに気を付け続けてきたことは、きっと無駄ではなかったのだと思う。
ただ、年齢を重ねた今でも、鏡を見る瞬間はある。
排水溝の髪が少し気になる日もある。
結局、完全に不安が消えるわけではない。
だから今でも、清潔感や生活習慣だけは、最低限崩さないようにしている。
若い頃の俺は、髪の毛ばかり見ていた。
だが今は、“男の空気感”の方が、もっと大事なのかもしれないと思っている。