映画『FALL/フォール』(2022年)レビュー
600メートルの頂上で、生きる意思が試される。
◆映画『FALL/フォール』の作品情報
- 【原題】 Fall
- 【監督・脚本】 スコット・マン
- 【脚本】 ジョナサン・フランク
- 【出演】 グレイス・キャロライン・カリー、ヴァージニア・ガードナー 他
- 【配給】 ライオンズゲート、クロックワークス
- 【公開】 2022年
- 【上映時間】 107分
- 【製作国】 アメリカ、イギリス
- 【ジャンル】 サバイバル、スリラー、パニック
- 【視聴ツール】 U-NEXT、吹替、自室モニター、HUAWEI
◆キャスト
- ベッキー:グレイス・キャロライン・カリー 代表作『アナベル 死霊博物館』(2019年)
- ハンター:ヴァージニア・ガードナー 代表作『ハロウィン』(2018年)
- ダン:メイソン・グッディング 代表作『スクリーム』(2022年)
- ジェームズ:ジェフリー・ディーン・モーガン 代表作『ウォーキング・デッド』(2016年〜)
- ランディ:メイソン・クルードゥプ 代表作『ファースト・ラヴ』(2022年)
◆あらすじ
夫を登山事故で亡くし、心に深い傷を負ったベッキー。彼女は1年経っても喪失感から抜け出せず、孤独と恐怖に囚われていました。そんな彼女を見かねた親友のハンターは、ベッキーを再び外の世界へ引き戻そうと、新たな挑戦を提案します。それは人里離れた砂漠地帯にそびえ立つ、高さ600メートルの老朽化したテレビ塔に登るというもの。二人は決死の覚悟で塔に挑み、錆びついた鉄骨や折れかけたハシゴを慎重に登っていきます。ようやく頂上に到達し、ベッキーは亡き夫の遺灰を撒いて彼への想いに区切りをつけようとします。しかし、下山を始めたその瞬間、老朽化したハシゴが崩落。二人は地上へ戻る手段を完全に失ってしまうのです。携帯電話も圏外、食料も限られた中、彼女たちは600メートルの高さで生死をかけた決断を迫られていきます。
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助けを求めるため、ベッキーとハンターは携帯を靴で包み地上に落とすなどの工夫を試みますが、通信は届きません。さらに、二人の車を盗んで逃げる者も現れ、絶望が深まります。極限の中、ベッキーは夫とハンターの不倫を知り衝撃を受けますが、やがて和解を果たします。やっとの思いでリュックを回収し、ドローンを使って救難信号を送ろうと試みますが、途中で墜落。ついにベッキーは、すでにハンターが死亡しており、自分は幻影と会話していたことに気づきます。衰弱する中でハゲワシを捕獲して生き延びたベッキーは、亡き友の遺体にスマホを託し落下させ、救助を呼ぶことに成功します。やがて駆けつけた警察によりベッキーは救出され、地上で父と再会を果たすのでした。

momoko
「私なら、こんな危険な場所には行けないわ。」

yoribou
「いやいや。普通は行けないし行かない!」
◆考察と感想
『フォール』は、単なる高所スリラーではなく、「恐怖」と「再生」をテーマにした心理ドラマだと思った。600メートルの高さに取り残されるという設定は、もちろん視覚的にもスリル満点だが、それ以上に主人公ベッキーの心の状態を象徴している。夫を亡くした彼女は、生きる気力を失い、まるで地上に戻る道を失ったような心の状態だった。つまり、塔に取り残されるという出来事は、彼女の精神の“閉塞”そのものなのだ。
物語の前半、ベッキーは友人ハンターに導かれるように再び塔を登る。これは、喪失の悲しみを克服するための“再挑戦”であり、人生のリハビリのようなものだ。登るという行為は、再生への意志のメタファーだ。頂上で遺灰を撒く場面は、過去と決別する儀式のように美しく描かれている。しかし、その直後にハシゴが崩れ、再び彼女は地上への道を断たれる。まるで「人生はそう簡単に立ち直れない」と突きつけられるような展開に、強いリアリティを感じた。
塔の上で繰り返される試行錯誤。携帯を靴に詰めて落としたり、ドローンで助けを求めたりする行動は、希望への執念を象徴している。だがその一方で、彼女の内面には、罪悪感と喪失が渦巻いている。ハンターの不倫を知る場面は、信頼が崩れるだけでなく、夫との関係をも再び突きつけられる瞬間だった。孤独と裏切り、そして極限状況の中で、それでもベッキーはハンターを許し、友として向き合おうとする。この小さな赦しの感情が、映画全体の人間味を生んでいる。
そして衝撃の中盤、「ハンターがすでに死んでいた」という事実が明かされる瞬間。あの幻覚のくだりは、ただの演出ではなく、ベッキーの心が作り出した“希望の幻”だ。彼女は死の恐怖と孤独を紛らわせるため、心の中でハンターを生かし続けていた。つまり、あの幻影は彼女が「まだ誰かに支えられていたい」という人間的な弱さの表現であり、それこそがベッキーを人間らしく見せていた。観客にとっても、この構造の切なさが胸に刺さる。
終盤のサバイバル描写は、まさに人間の本能がむき出しになる瞬間だった。ハゲワシを捕まえて生肉を食べるという行為は、理性を超えた“生への執念”そのものだ。美しさではなく、醜さを通して生きる力を描いたこの場面に、俺は圧倒された。多くのサバイバル映画は恐怖や死を見せるが、『フォール』は“生きたい”という願いを突きつけてくる。そこにこの作品の魂がある。
また、映像表現のリアルさも特筆すべきだ。ドローンやワイヤー撮影を駆使しながらも、ほとんどCGに頼らずに高所の臨場感を出している。手汗をかくほどの緊張感、風の音、金属が軋む音が生々しく、まるで自分も塔の上に立っているような錯覚に陥る。現代映画の中でもトップクラスの“体感型”演出だったと思う。
ラスト、救助されたベッキーが父親と抱きしめられるシーンで涙が出た。これは単なる救出劇ではなく、親子の再生の物語でもある。彼女が塔を登ったのは夫の死を乗り越えるためであり、降りることができたのは“生きる意味”を取り戻したからだ。恐怖に耐え抜いた先にあるのは、悲しみを越えた“覚悟”だ。塔の頂上で死と向き合った時間が、ベッキーを本当の意味で強くした。人間は極限の孤独を通して、やっと自分の心の高さに気づくのだと思う。
『フォール』は、命綱1本で人生を渡るような現代人の姿を象徴している。SNSや他人の評価に依存しがちな現代社会の中で、自分の恐怖と向き合うことの大切さを静かに訴えている。命を守るために闘うというより、「自分の心を生き返らせる」ために闘う物語。そんな強烈なメッセージを、この映画は600メートルの高さから叩きつけてくる。
観終わったあと、ただのスリラーという印象は一切残らなかった。むしろ、生きることの尊さと、失っても立ち上がる勇気を思い出させてくれた。タイトルの“フォール(落下)”とは、肉体的な墜落だけではなく、絶望から再び立ち上がるための“落下と再生”の寓話なのだ。俺はこの映画を、恐怖ではなく“覚醒の映画”として記憶するだろう。
◆モテ男視点
ベッキーのような女性は、依存から自立へと変わる過程が魅力的だ。モテる男は、彼女のように「自分の足で登る強さ」を尊敬する。助けるのではなく、並んで登る。その姿勢が信頼を生み、惹かれ合う。恐怖を共有できる関係ほど、絆は深い。恋愛も人生も、地上から見上げるより、一緒に登るほうがずっと価値がある。
◆教訓、学び
恐怖に立ち向かう勇気を持つ人ほど、恋にも人生にも本気で“モテる”。
◆似ているテイストの作品
-
『リアル』(2017年/韓国)
解離性障害に苦しむ男が、己の中のもう一人の自分と闘うサイコサスペンス。
現実と幻覚の境界が崩れる構造が、『フォール』の“孤独と恐怖の精神世界”と響き合う。 -
『渇水』(2023年/日本)
水道局員が家庭の“乾き”と社会の冷たさに向き合うヒューマンサスペンス。
極限の中で“生きる理由”を見つけていく過程が、『フォール』の精神的サバイバルと重なる。
◆評価
項目 | 点数 | コメント |
---|---|---|
ストーリー | 19 / 20 | 単純なサバイバルではなく、“恐怖を克服する心理の旅”として構成が見事。序盤の静から終盤の狂気への展開が緊張感を維持している。 |
演技 | 18 / 20 | 主演グレイス・カロライン・カリーの表情演技が圧巻。台詞が少ない分、目の動きと息遣いで感情の揺れを見事に表現している。 |
映像・演出 | 20 / 20 | 600メートルの高さを実感させる映像美と音響設計が秀逸。CGに頼らず“本物の高さ”を感じさせるカメラワークは近年最高レベル。 |
感情の揺さぶり | 19 / 20 | 孤独・恐怖・再生を体感的に描き、観る者の心拍数を上げる。ハンターとの関係、幻影の真実など心理的な衝撃が深く刺さる。 |
オリジナリティ・テーマ性 | 18 / 20 | 高さ=恐怖という単純な構造を超え、“生きる意思”を象徴的に描くテーマ性が強い。塔そのものが人生の比喩として機能している。 |
合計 | 94 / 100 | 極限状況の中で“生きる勇気”を描いた体感型サスペンス。恐怖を超えて希望へと昇華する圧倒的な緊張と感動の一本。 |
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『FALL/フォール』の塔の上で感じた“あの寒さ”。
見ているこちらも思わず震えるような極限シーンの後は、ふんわりあったか毛布で一息つこう。
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