映画『Cloud クラウド』(2024年)レビューまとめ
ここにあるのは、転売やネット社会の話だけじゃない。
「普通の人」が曖昧なまま生きて、ある瞬間に引き返せなくなる――その臨界点を描いた現代スリラーだ。
◆映画『Cloud クラウド』の作品情報
- 【監督・脚本】黒沢清
- 【出演】菅田将暉、古川琴音、荒川良々、窪田正孝他
- 【配給】日活、東京テアトル
- 【公開】2024年
- 【上映時間】123分
- 【製作国】日本
- 【ジャンル】サスペンス、スリラー、アクション(後半)
- 【視聴ツール】Netflix、自室モニター、WI-1000XM2
◆キャスト
- 吉井良介:菅田将暉 代表作『あゝ、荒野』(2017年)
- 秋子:古川琴音 代表作『偶然と想像』(2021年)
- 佐野:奥平大兼 代表作『MOTHER マザー』(2020年)
- 三宅:岡山天音 代表作『愛がなんだ』(2019年)
- 村岡:窪田正孝 代表作『64 ロクヨン』(2016年)
◆ネタバレあらすじ
町工場で働く吉井良介は、副業の転売で小さく稼ぎながら「会社に縛られない生活」を夢見ています。先輩の村岡から大きな儲け話を持ちかけられても、吉井は自分のやり方にこだわり、淡々と商品を仕入れては売る日々を続けます。やがて昇進の打診を断って退職し、恋人の秋子と郊外の湖畔へ移り住み、事務所兼自宅で新生活を開始します。地元の青年・佐野を雇い、発送や在庫管理の手は増え、売上も伸び始めますが、ある時から投石や嫌がらせ、身に覚えのない疑いなど、説明のつかない不穏が周囲で連鎖します。ネットの向こう側で膨らむ悪意は、誰の手にも負えない形で現実へ滲み出し、吉井の日常を追い詰めていきます。普通の生活、普通の選択が、いつの間にか誰かの怒りの的になる――そんな息苦しさを、冷たい空気で描く現代スリラーです。吉井は根っからの悪人ではなく、他人と深く関わるのが苦手なだけの「曖昧な人」です。だからこそ、些細な振る舞いが相手を苛立たせ、誤解や怨嗟を呼び込みます。秋子の静かな視線、佐野の妙に明るい振る舞い、村岡の甘い誘いが交差し、物語は予想外の方向へ転がっていきます。そして恐怖は、静かに加速します。
ここからネタバレありです。
ネタバレを開く
吉井を恨む者たちは、ネット上でゆるく結びつき、正義感と私怨が混ざったまま「狩り」を始めます。自宅は監視され、仕事の導線は断たれ、吉井は逃げ場を失っていきます。やがて襲撃は現実の暴力へ転じ、銃が持ち込まれた瞬間、物語はサスペンスから泥臭いガンアクションへ急転します。佐野はただのバイトではなく、吉井を引き返せない場所へ導く存在として立ち上がり、銃の扱いにも異様に手慣れた顔を見せます。仲間割れと裏切りが連鎖する混戦の末、吉井は恐怖の向こう側で「勝つこと」を選び、無自覚だった曖昧さを捨てていきます。追い詰められた吉井は秋子を守ろうとする一方で、怒りの矛先を見失い、敵味方の境界が溶けていきます。村岡の過去の取引も火種となり、吉井の小さな利得の積み重ねが、多数の憎悪を呼び寄せていたことが露わになります。クライマックスでは工場のような閉鎖空間で銃声と機械音が響き、倒れた者の隣を誰かが無言で通り過ぎる、救いのない現実感が貫かれます。ラストでは、笑いとも怒りともつかない一瞬の気配だけを残し、彼が何者になったのかを観客に委ねて幕を閉じます。答え合わせを拒む不気味さが残ります。その余韻が、長く刺さります。
|
|
|
|
◆【俺の考察&感想】
映画『Cloud クラウド』を観て最初に残る感触は、「怖い」よりも「居心地が悪い」だ。
その不快感は、血や銃声から来るものではない。
もっと手前、もっと日常に近いところからじわじわと侵食してくる。
この映画は、ホラーやスリラーの皮をかぶりながら、実際には観客の生活態度そのものを問いに来る。
だから逃げ場がない。
主人公・吉井は転売屋だが、極端な悪党ではない。
法を踏み越えているかも曖昧で、誰かを意図的に傷つけている自覚もない。
ただ、会社勤めに疲れ、「縛られない生活」を求めて、合理的な選択を積み重ねているだけだ。
この「だけ」が恐ろしい。
吉井は、善人でも被害者でもなく、そして加害者だと断言できるほどの悪人でもない。
つまり、俺たちに一番近い位置にいる男だ。

吉井の最大の特徴は、他人との距離感の取り方だ。
彼は攻撃しないが、踏み込まない。
拒絶もしないが、引き受けもしない。
曖昧な返事、曖昧な態度、曖昧な関係。
その曖昧さは、現代社会では「大人の処世術」として肯定されがちだ。
波風を立てない、深く関わらない、空気を壊さない。
だが黒沢清は、その曖昧さが積み重なった果てに生まれる歪みを、容赦なく可視化する。
吉井の行動は一つひとつ見れば小さい。
だが、それらは確実に誰かの感情を摩耗させる。
雑な対応、無関心に見える視線、説明不足の取引。
その積み重ねが、ネットという場で共有され、増幅され、「正義」の顔を持ち始める。
ここがこの映画の最も恐ろしい部分だ。
敵は一人じゃない。
明確な首謀者もいない。
全員が「自分は間違っていない」と信じている。
その構図は、現実の炎上や私刑と完全に地続きだ。

後半、物語は一気に暴力へと転じる。
銃が出てくる。
日本映画としては異物のはずだが、不思議と違和感はない。
なぜなら、ネットで熟成された憎悪の行き着く先は、最終的に「現実の身体」しかないからだ。
この映画のガンアクションは、徹底的にカッコよくない。
動きはぎこちなく、死は唐突で、音楽も盛り上げない。
暴力を娯楽に変換しないという意思が、全編に貫かれている。
そこで浮かび上がるのが佐野という存在だ。
彼は明らかに異質で、どこか現実感が薄い。
だが同時に、誰よりも筋が通っている。
佐野は迷わない。
ためらわない。
勝つために必要な行動しかしない。
その姿は悪魔的であると同時に、極限状態ではもっとも合理的でもある。
だから吉井は彼に引き寄せられる。
佐野は外部から現れた狂人ではなく、吉井の中にあった「決断への欲望」を具現化した存在に見える。
吉井はこれまで、決断を先延ばしにして生きてきた。
白か黒かを選ばず、グレーのままやり過ごしてきた。
その態度が、結果的に多くの怒りを呼び込んだ。
そして極限状態で、彼は初めて選んでしまう。
「勝つ」という選択を。
その瞬間、吉井は“普通の人”ではなくなる。
善悪の問題ではない。
不可逆なのだ。
ラストの表情がすべてを物語る。
笑っているようで、笑っていない。
達成したようで、救われていない。
そこにあるのは、「もう戻れない場所に来てしまった」という気配だけだ。
黒沢清は最後まで答えを出さない。
観客に解釈を委ねるというより、解釈すること自体を拒否しているようにすら感じる。
この映画は社会問題を告発するための作品ではない。
転売批判でも、ネット批判でもない。
普通の人間が、曖昧なまま生き続けた結果、どこまで行ってしまうのか。
その可能性を、冷酷に、しかし誠実に突きつけてくる。
観終わってもスッキリしない。
だが、その不快感を抱えたまま日常に戻ることこそが、この映画の続編だ。
『Cloud クラウド』は、観た瞬間よりも、観た後の生活で効いてくる映画だと思う。
この映画が示す教訓は明確だ。
曖昧な男は、必ずどこかで破綻する。
吉井は優しさも距離感も中途半端だった。
嫌われないために決断を避け、その結果、より大きな敵意を生んだ。
もてる男は、線を引く。
やらないことを決める。
嫌われる覚悟を持つ。
「波風を立てない」は魅力ではない。
『Cloud クラウド』は、決断しない男が最後に背負う地獄を、これ以上なく冷静に描いている。
ただのレビューで終わらせない。“男前にビシッと決める”映画知識を身につける場──シネマログ。
会話で効くネタ、俳優・ジャンルの基礎教養、デートで外さない選び方までを要点だけ端的に。
◆教訓、学び
曖昧な優しさで嫌われない男より、線を引いて選択できる男のほうが信頼も色気も手に入れる。
◆似ているテイストの作品
『アオラレ』(2020年/アメリカ)
些細なトラブルをきっかけに、名もなき一般人が理不尽な暴力の標的へと追い込まれていくロード・スリラー。
「自分では制御できない他者の怒りに、突然命を狙われる」という恐怖構造が、
『Cloud クラウド』の集団狂気と強く重なる。
『ジョーカー』(2019年/アメリカ)
社会から静かに切り捨てられてきた男が、暴力によって“何者か”へ変質していく社会派スリラー。
普通の人間が限界点を越えた瞬間に、取り返しのつかない存在へ変わってしまう描写は、
吉井の行き着く先と本質的に共鳴している。
◆評価
| 項目 | 点数 | コメント |
|---|---|---|
| ストーリー | 17 / 20 |
財閥・政治・メディアという三大権力の癒着を、チンピラと検事という末端視点から崩していく構成が秀逸。 裏切りと取引が何度も反転し、誰が主導権を握っているのか分からなくなる緊張感が持続する。 ただ情報量は多く、背景関係を整理できないと置いていかれる危険もある。 |
| 演技 | 18 / 20 |
アン・サングを演じるイ・ビョンホンが、下品さ・哀愁・狂気を同時に成立させ、本作の推進力になっている。 検事ジャンフン役は感情を抑えた演技で、理想と現実に挟まれる男の苦さを静かに表現。 権力側の人物も一人ひとりが強烈で、世界の腐臭を濃くしている。 |
| 映像・演出 | 17 / 20 |
派手さよりも会話と間で圧をかける演出が中心で、情報戦の怖さが際立つ。 暴力や性接待を美化せず、「不快な現実」として突きつけるカメラの距離感が一貫している。 後半は台詞量が増え、やや説明的に感じる場面もある。 |
| 感情の揺さぶり | 17 / 20 |
同情よりも怒りと虚無を積み重ねていく感情設計で、観る側の倫理観を削ってくる。 「正しい者が報われない」展開が続き、気持ちよさより居心地の悪さが残る。 勧善懲悪を期待すると肩透かしだが、その不快感こそが狙いだ。 |
| オリジナリティ・テーマ性 | 17 / 20 |
権力は表に立つ者ではなく、裏で世論と資金を操る者に宿るという視点が鋭い。 正義・法律・報道が簡単に歪められる構造を、内部者の論理で描いた点に説得力がある。 新奇性よりも、現実への刺さり方で勝負するテーマ性だ。 |
| 合計 | 86 / 100 |
巨悪を倒す英雄譚ではなく、巨悪の中で生き残る者を描いた冷酷な社会派サスペンス。 圧倒的な演技力と情報戦の緊張感で最後まで引きずり込み、後味の悪さを残して終わる。 スカッとしないが、だからこそ忘れにくい一本。 |
◆総括
『Cloud クラウド』は、転売やネット社会といった現代的な題材を扱いながら、決して「問題提起映画」や「社会派ドラマ」に収まろうとしない作品だ。この映画が本当に描いているのは、善でも悪でもない、ただ“普通”であり続けてきた人間が、どこまで行ってしまうのかという一点に尽きる。主人公・吉井は、何かを強く望んだわけでも、世界を壊したかったわけでもない。ただ、面倒な衝突を避け、曖昧な態度でやり過ごし、自分の生活を守ろうとしてきただけだ。その姿はあまりにも現代的で、あまりにも身近だ。
だがこの作品は静かに示す。曖昧さは中立ではない。決断しないことは、何もしないことではない。小さな無自覚の積み重ねは、他者の怒りを増幅させ、やがて制御不能な集団狂気へと変わる。後半で現れる銃と暴力は唐突ではなく、ネット上で熟成された憎悪が現実の肉体へ向かう必然の帰結だ。そこにヒーローも救済もない。あるのは、生き残った者が“もう戻れない側”に立ってしまったという事実だけだ。だからこの映画は、観終わった瞬間ではなく、日常に戻ってから静かに効き続ける。不快で、居心地が悪く、しかし忘れがたい――それこそが『Cloud クラウド』という映画の完成形だ。
一日の余韻に浸って、本を読むのも良し、音楽を聴くも良し。
観終わったあとに考えが止まらない映画には、明るすぎない灯りがちょうどいい。



コメント