映画『亜人』(2017年)ネタバレあらすじ・考察と感想|ラスト結末・評価
この記事では、映画『亜人』(2017年)の作品情報・キャスト・あらすじ(ネタバレなし/あり)から、
考察&感想、もて男目線の学び、似ているテイストの作品、評価(合計点)までをまとめています。
「不死身」「IBM(黒い幽霊)」「永井圭VS佐藤」という要点を押さえつつ、ラスト結末の余韻まで整理します。
◆映画『亜人』の作品情報
- 監督:本広克行
- 脚本:瀬古浩司、山浦雅大
- 原作:桜井画門
- 出演:佐藤健、玉山鉄二。川栄李奈、綾野剛、浜辺美波他
- 配給:東宝
- 公開:2017年
- 上映時間:109分
- 製作国:日本
- ジャンル:アクション、SF、サスペンス
- 視聴ツール:Netflix、自室モニター、WI-1000XM2
ポイント:「死んでも蘇る亜人」という設定が、アクションの気持ちよさだけでなく、
逃亡劇・テロ・人体実験と結びついて、サスペンスとしても転がっていく作品です。
◆キャスト
- 永井圭:佐藤健
代表作『るろうに剣心』(2012年) - 佐藤:綾野剛
代表作『新宿スワン』(2015年) - 戸崎優:玉山鉄二
代表作『逆境ナイン』(2005年) - 田中功次:城田優
代表作『テニスの王子様』(2006年) - 永井慧理子:浜辺美波
代表作『君の膵臓をたべたい』(2017年)
◆あらすじ(ネタバレなし/あり)
◆ネタバレなし(前半)
本作は、桜井画門の人気コミックを原作に、亜人として実写化されたSFアクション映画です。主人公・永井圭は、研修医として平穏な日常を送っていましたが、ある日交通事故に遭い命を落とします。しかし次の瞬間、彼は何事もなかったかのように蘇生します。圭は「亜人」と呼ばれる、死んでも瞬時に再生する新人類だったのです。
亜人は極めて希少な存在であり、発見されると保護という名目で政府に拘束されます。圭も例外ではなく、厚生労働省の管理下に置かれ、研究対象として扱われることになります。そこへ現れたのが、日本で最初に確認された亜人・佐藤でした。彼は人類に強い敵意を抱き、亜人の権利確立を掲げて過激な行動に出ます。
不死身という特性を武器にした圧倒的な戦闘、亜人にしか見えない存在“IBM”の発動、そして人類と亜人の対立。圭は合理的な思考で生き延びようとする一方、佐藤は破壊と混乱を楽しむかのように社会を揺さぶります。命が無限にリセットされる世界で、「生きる意味」とは何かを問いかける物語です。
ここからネタバレありです。
ネタバレありの詳細あらすじ(後半)
圭は拘束先の研究施設で、死と蘇生を繰り返す非人道的な実験を受け続けます。そこへ佐藤と田中が襲撃を仕掛け、圭を仲間に引き入れようとします。しかし圭は佐藤の過激思想に同調できず、単独で逃亡します。やがて佐藤は政府に宣戦布告し、大規模なテロを実行。圧倒的な戦闘能力とIBMを駆使し、SATすら壊滅させます。
妹・慧理子が命を狙われたことで、圭は佐藤を止める決意を固め、かつて自分を実験にかけた戸崎と手を組みます。最終決戦の舞台はグラント製薬。佐藤は自らの腕を切り離して仲間に持たせ、自身を粉砕しても腕のもとに再生するという奇策で中枢部へ侵入します。圭と佐藤は互いに自死と再生を繰り返す壮絶な死闘を展開します。
最終的に圭は、対亜人特選群と連携し、自分ごと佐藤を液体窒素で凍結させ粉砕させます。しかし事前に切断されていた自身の腕から復活。佐藤は拘束され、圭は再び姿を消します。不死身でありながらも自由を求め続ける彼の背中は、人間とは何かという問いを静かに残して物語は幕を閉じます。
※ネタバレを避けたい人は、上の「+」を開かずに読み進められます。
◆『亜人』(2017年)考察&感想
亜人は、単なる“不死身アクション映画”ではない。これは「死なない存在が、生きる意味をどう定義するか」という哲学的テーマを、エンタメの皮を被せてぶつけてくる作品だと思っている。
まず俺が強く惹かれたのは、主人公・永井圭の合理性だ。普通この手の作品なら、仲間や家族のために熱くなるヒーロー像が描かれる。しかし圭は違う。感情より計算。情より生存確率。自分が助かるための最適解を選び続ける。最初は冷たい奴だと感じる。だが亜人として捕獲され、何度も殺され、蘇生させられる拷問を受ければ、人間らしい理想論など吹き飛ぶのも当然だ。あの環境で“優しさ”を保てるほうが異常だ。

圭は「正義のため」ではなく「自分と妹が生き延びるため」に戦う。そこに俺は妙なリアリティを感じた。人間は極限に追い込まれたとき、理想より合理を選ぶ生き物だ。圭はヒーローではなく、極限下の現実的な若者だ。その姿勢が、この物語を地に足のついたものにしている。
一方で佐藤は真逆の存在だ。彼は合理ではなく“娯楽”で戦う。自らを何度も殺し、リセットし、ゲームのように戦況を楽しむ。その姿は狂気そのものだが、同時に痛烈な皮肉でもある。死なないからこそ命が軽くなる。死の恐怖が消えたとき、人間はここまで壊れるのかという問いを体現している。彼は復讐者であり、テロリストであり、同時に退屈を嫌うゲーマーだ。このキャラクター造形は実に秀逸だと思う。

IBM(黒い幽霊)の存在も象徴的だ。あれは亜人の“もう一つの自我”のように見える。怒りや本能、衝動が具現化した分身。理性で抑え込んでいる圭と、衝動を解放する佐藤。その対比が戦闘シーンにも色濃く表れている。アクションは派手だが、実は内面の戦いでもある。
そしてこの作品の最大の発明は「自殺=回復」という発想だ。普通は絶望の象徴である死が、ここでは戦術になる。自らを撃ち抜き、傷をリセットする。倫理観を完全にひっくり返す設定だ。この構造は恐ろしい。不死身は祝福ではなく呪いだと痛感させられる。死ねないということは、終われないということだ。
最終決戦の液体窒素作戦も圭らしい。自分ごと凍らせる合理的判断。自己犠牲に見えて、実は計算済みの一手だ。さらに事前に切断された腕から復活する展開は、佐藤の戦法を逆手に取る痛快さがある。だが爽快というより、どこか空虚だ。圭は勝ったのか? 佐藤は負けたのか? どちらも死なない。勝敗の概念すら曖昧だ。
俺がこの映画を観て感じたのは、「死があるから人生は尊い」という当たり前の真理だ。亜人はそれを持たない。だからこそ人間社会に居場所がない。社会は“死ぬ存在”を前提に制度を作っている。不死身はルールを壊す。だから排除される。ここには明確なマイノリティのメタファーがある。
また、政府の非人道的実験描写も重要だ。人は理解できない存在を研究対象にする。正義の名の下に残酷になれる。亜人が怪物なのか、人間が怪物なのか。その境界は曖昧だ。
総じて『亜人』は、エンタメとして十分に面白い。銃撃戦、肉弾戦、テンポの速さ。だが本質はそこではない。これは「死」と「存在意義」を巡る物語だ。死なない力は最強だが、同時に孤独だ。終われない者の虚無。それがこの作品の核心だと俺は思う。
もて男目線での考察
この映画から学べるのは“合理性と感情のバランス”だ。圭のように冷静な判断力は武器になる。しかしそれだけでは人はついてこない。佐藤のように感情に振り切れるのも危険だ。モテる男は、生存戦略としての合理と、大切な人を守る覚悟を両立できる存在だ。不死身になれなくてもいい。だが、極限でもブレない軸を持つこと。それが魅力の正体だ。
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◆教訓、学び
極限状況でも感情に流されず冷静に最適解を選び、大切な人を守る覚悟を持つ男こそ本当にモテる。
◆似ているテイストの作品
『第9地区』(2009年)
“異質な存在”が隔離・差別・実験対象として扱われる社会構造が『亜人』とド直球で重なります。
アクションの熱量と、制度の暴力が生む現実味のえぐさが同じ温度です。
『FREAKS フリークス 能力者たち』(2020年)
特殊な能力ゆえに追われ、隠れ、利用される側の視点で物語が進むのが共通点です。
「力があるほど自由になれない」という皮肉が、『亜人』の逃亡と対立の空気感に近いです。
◆評価
| 項目 | 点数 | コメント |
|---|---|---|
| ストーリー | 19 / 20 | 「死んでも戻る」設定を、ただの無敵じゃなく“追われる地獄”として回すのが上手い。 逃亡→交渉決裂→テロ拡大と、常に状況が悪化していく構成で息をつかせない。 永井が正義で動かず、妹を守るために合理で選ぶのが物語にリアルな冷たさを足す。 ラストの“腕から復活”まで含め、亜人のルールを最後に気持ちよく回収する。 |
| 演技 | 19 / 20 | 佐藤健の永井は、感情を抑えた目と判断の速さで“合理の人”を成立させている。 綾野剛の佐藤は、狂気を叫ばず“遊び感覚”で出すのが怖く、画面の支配力が強い。 玉山鉄二の戸崎は、保身と職務の間で揺れる顔が生々しく、味方側の緊張を底上げ。 川栄李奈(下村)の静かな闘志と、浜辺美波(慧理子)の脆さが守る理由を固くする。 |
| 映像・演出 | 19 / 20 | 銃撃・格闘の見せ方が整理されていて、速いのに“何が起きているか”が追える。 IBMの黒い幽霊を、実写でも浮かせず“圧”として成立させたのが勝因。 SAT戦や製薬会社の攻防など、閉所と広所を切り替えて飽きさせない設計が効く。 「自殺=回復」という禁断の戦い方を、躊躇なく映像化した胆力がこの映画の芯だ。 |
| 感情の揺さぶり | 20 / 20 | 研究施設で“何度も殺される”描写が、単なるグロではなく絶望の反復として刺さる。 佐藤の憎しみが理解できるほどに、人間側の非人道がえぐくて気持ちが揺れる。 妹が狙われる展開で、永井の合理が「守る」方向へ傾く瞬間に熱が入る。 凍結作戦の自己犠牲は、勝った爽快感より「ここまでやるしかない」切なさが残る。 |
| テーマ性 | 18 / 20 | 「死があるから命は重い」という常識を、亜人の存在でひっくり返すのが本質。 異質な存在を“保護”の名で実験する社会の暴力が、差別の寓話として効いている。 永井=合理、佐藤=衝動という対比で、人間性の境界がどこにあるかを突きつける。 完全な解決を避け、捕まっても終わらない不死の虚無を残す締め方が渋い。 |
| 合計 | 95 / 100 | 「死ねない」を最強ではなく“地獄”として描き切った、実写SFアクションの当たり。 永井の合理と、佐藤のゲーム感覚の狂気がぶつかり、戦いそのものが思想になる。 IBMの迫力とテンポの良さで最後まで走り切り、ラストは不死の虚無を残して刺さる一本。 |
◆総括
『亜人』(2017年)は、「死なない」という最強設定を、爽快な無双ではなく“終われない地獄”として描いた点が最大のポイントだ。
主人公・永井圭はヒーローではない。感情より合理、理想より生存を優先する冷静な存在だ。一方で佐藤は、不死をゲームのように楽しむ狂気の体現者。この合理と狂気の対比が物語を一段引き上げている。単なる善悪の戦いではなく、「人間らしさとは何か」という思想の衝突になっているのが本作の強みだ。
また、亜人を“保護”の名のもとに実験する社会の構図は、マイノリティ排除のメタファーとしても機能している。怪物は亜人なのか、それとも人間なのか。その問いが静かに残る。
アクション面では、IBM(黒い幽霊)の迫力、テンポの良い銃撃戦、そして「自殺=回復」という禁断の戦術が映像的インパクトを生み出す。特にラストの凍結作戦から腕での復活までの流れは、本作のルールを最大限に活かした鮮やかな締めだ。
総じて本作は、エンタメとしての疾走感と、哲学的テーマを両立させた実写SFアクションの成功例だ。不死身という力の虚しさと、終われない存在の孤独を描いた点で、単なる漫画原作映画を超えた一本と言える。
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