映画『水曜日が消えた』レビュー
公開:2020年 / 製作国:日本 / 上映時間:104分
| 原題 | Gone Wednesday |
|---|---|
| 監督・脚本 | 吉野耕平 |
| 出演 | 中村倫也、石橋菜津美、中島歩、きたろう ほか |
| 主題歌 | 須田景凪『Alba』 |
| 配給 | 日活 |
| 公開 | 2020年 |
| 上映時間 | 104分 |
| ジャンル | サスペンス、ファンタジー、ヒューマンドラマ |
| 視聴ツール | U-NEXT、自室モニター、Anker Soundcore AeroClip |
◆キャスト
- 斎藤数馬(7人の“僕”):中村倫也 代表作『孤狼の血』(2018年)
- 一ノ瀬:石橋菜津美 代表作『南瓜とマヨネーズ』(2017年)
- 瑞野:深川麻衣 代表作『パンとバスと2度目のハツコイ』(2018年)
- 新木:中島歩 代表作『GOGO 94年の青春』(2014年)
- 安藤医師:きたろう 代表作『ディア・ドクター』(2009年)
あらすじ
幼いころの交通事故の後遺症によって、1人の青年の中には7つの人格が生まれてしまいました。月曜から日曜まで、それぞれ異なる性格や趣味、過ごし方を持つ“僕”たちは、1週間を曜日ごとに交代しながら生きています。彼らは互いに入れ替わるだけで、直接顔を合わせることはありません。
その中でも「火曜日の僕」は、几帳面で地味な性格。部屋の掃除や整理整頓を担当させられ、他の曜日たちからは便利屋のように扱われています。病院で主治医の安藤と過ごす以外、特に大きな変化もなく、淡々と一日を終えるのがいつもの日課でした。
ところがある朝、目を覚ますとカレンダーは「水曜日」。本来なら別の人格が目覚めるはずの日に、自分が意識を保っていることに驚きつつも、「火曜日の僕」は初めて“水曜日”という日を体験することになります。これまで行けなかった図書館へ足を運び、司書の瑞野と出会うことで、彼の世界は少しずつ色づき始めていきます。
▼ここからネタバレありです
ネタバレを開く
初めての水曜日を過ごした火曜日の僕は、瑞野との交流の中で穏やかな時間を感じるようになります。しかし次の週、再び水曜日が訪れるはずの日に目を覚ますと、カレンダーは木曜日。どうやら“水曜日の僕”が存在しなくなってしまったようなのです。
混乱しながらも原因を探る中で、他の曜日の人格たちにも異変が起き始めます。特に「月曜日の僕」は、他の曜日を取り込もうとしており、人格同士のバランスが崩れかけていました。
火曜日の僕は、すべての人格が共に存在できる道を模索しますが、月曜日の僕は「最後の一人として生き残りたい」と告げます。自分たちは同じ身体を共有する“ひとりの人間”でありながら、それぞれに意思と感情を持っている――その矛盾の中で、火曜日の僕は大切な人を思いながら、ある決断を下します。
そして、再び迎えた朝。目を覚ました“僕”が誰なのか――それは静かに観る者の胸に問いかけるラストとなっています。
考察と感想
映画『水曜日が消えた』は、多重人格という題材を「SF的な異常」ではなく、「日常の分裂」として描き出した、極めて繊細な作品だ。人格の切り替わりが派手な演出で示されるわけでもなく、淡々と流れる時間の中で、“他の曜日の自分”が確かに生きているという不思議な実感が静かに積み重なっていく。主人公を演じる中村倫也の演技は、この静と動の境界を見事に表現しており、「同じ人間でありながら違う誰か」という存在の不安と哀しみを体現している。
火曜日の僕は、最も地味で、最も平凡な存在として描かれる。しかし、彼こそが唯一「他人の生活を整える」ことに喜びを見出している人格でもある。掃除、整理整頓、ルーティン――それらは一見退屈だが、火曜日にとっては“秩序”を保つ行為だった。だが、その秩序を脅かす存在が現れる。それが「水曜日が消える」という異変だ。この現象は単なる出来事ではなく、“自己の中のある一面が失われる”という心理的メタファーだと考えられる。つまり、火曜日の僕が体験する物語は、「自己同一性の再構築」のプロセスそのものなのだ。
瑞野という司書の存在は、その再構築のきっかけになる。彼女は火曜日にとって初めて「他者」として現れた重要な存在であり、“自分以外の人格を知らない人間”と関わることで、彼の世界に初めて曖昧な色が生まれる。だが、彼女が惹かれていたのは“水曜日の僕”であったという残酷な真実が突きつけられる。この瞬間、火曜日の僕は初めて「他の自分」と本気で向き合うことになる。恋愛という外部刺激が、彼の中の自己対立を浮かび上がらせたのだ。

月曜日の僕が他の曜日を“取り込もうとする”のもまた、自己保存の象徴である。彼は最も強いエゴを持ち、他人格を「排除」することで自我を確立しようとする。対して火曜日の僕は共存を望む。これは、合理性と調和のせめぎ合いであり、現代人が内面で繰り返している葛藤そのものだ。私たちは「一貫した自分でありたい」と願いながら、状況や感情によって日々違う顔を見せる。火曜日と月曜日の対立は、そんな“人間の多面性”の比喩でもある。

興味深いのは、本作が「人格統合」という明確な結末を描かない点だ。観客は最後に、誰の視点で朝を迎えたのか分からないまま、余韻の中に置かれる。つまり本作は、結末を提示するのではなく、観客に「自分の中の曜日」を問いかけている。もしあなたの中で“ある曜日”が消えたとしたら――それは何を意味するのか? 仕事に追われる月曜日、自由な日曜日、孤独な火曜日。誰もがそれぞれの曜日を抱えて生きている。そう考えると、この映画は“多重人格サスペンス”ではなく、“誰にでも起こり得る心の構造変化”を描いたヒューマンドラマだと言える。
俺の推論としては、「水曜日」は“感情の切替えを担う人格”だったのではないかと思う。火曜日が秩序を守り、月曜日が能動的に行動する一方で、水曜日はその狭間で心を整える“リセット機能”のような存在だったのではないか。だからこそ、彼が消えることで他の曜日たちはバランスを失っていく。もしそうだとすれば、火曜日が水曜日を求め続けたのは、自らの感情を取り戻す行為だったのだ。
吉野耕平監督の演出は、極めて静謐で、映像のトーンが感情を直接語らない。日常の細部――コーヒーを淹れる音、雨粒の滴り、窓の光。それらが人格の存在を暗示するように配置されている。これは明らかに“観る者の想像力”を信じた映画であり、説明よりも余白を重視している。観る人によってまったく違う意味を持つ作品だが、火曜日の僕が感じた“初めての水曜日”は、誰にとっても「新しい自分に出会う瞬間」として胸に残るはずだ。
つまり本作の本質は、「分裂した人格をどうするか」ではなく、「分裂せざるを得ない現代人が、どう自己を保つか」にある。静かな余韻の中に、痛いほどリアルな現代の孤独と、再生への希望が溶け込んでいる。派手さはなくとも、心の奥に長く残る一作だ。
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◆モテ男目線での考察(200字)
火曜日の僕の魅力は、目立たないけれど誠実さにある。彼は誰よりも他人のために動き、秩序を守るタイプ。恋愛でもこうした「誠実さ+控えめな優しさ」が一番響く。だが、自分を押し殺しすぎると“水曜日”のように感情が消えてしまう。モテる男は、火曜日の冷静さに日曜日の遊び心を混ぜるバランス感覚が大事だ。つまり、静かな優しさを持ちながら、自分の想いもきちんと伝えられる男が最強。『水曜日が消えた』は、そんなモテ方の原型を教えてくれる映画だ。
◆教訓・学び
自分を抑えてばかりじゃ、心の“水曜日”が消える──素直な感情を見せる男こそ、真に魅力的だ。
◆似ているテイストの作品
-
『ジョーカー』(2019年/アメリカ)
孤独と心の分裂をテーマにした心理サスペンス。
抑圧された感情が少しずつ崩壊していく様が、『水曜日が消えた』の内面的ドラマと深く共鳴する。 -
『秘かな企み』(2019年/アメリカ)
表と裏の顔を持つ人間の心理を描いたスリラー。
“もう一人の自分”の存在に翻弄される構造が、本作の多重人格設定とリンクしている。
| 項目 | 点数 | コメント |
|---|---|---|
| ストーリー | 18 / 20 | 多重人格を題材にしながらも、サスペンスより心の再生を重視した構成が秀逸。派手さはないが、静かに心を揺さぶる。 |
| 演技 | 19 / 20 | 中村倫也の一人七役は圧巻。声のトーン、姿勢、表情で人格を演じ分け、微細な違いにリアリティが宿る。 |
| 映像・演出 | 18 / 20 | 静寂と光を巧みに使った映像が美しい。VFXも過剰にならず、心理描写を支える繊細なトーンが印象的。 |
| 感情の揺さぶり | 17 / 20 | 派手なドラマ性はないが、「自分とは何か」を問う静かな葛藤に胸を締めつけられる。共感型の余韻が残る。 |
| オリジナリティ・テーマ性 | 19 / 20 | “曜日で人格が変わる”という発想がユニーク。多重人格を現代の孤独や自己分裂の象徴として描いた点に深みがある。 |
| 合計 | 91 / 100 | 静かながらも心の奥に響く秀作。中村倫也の繊細な演技と、余白を活かした演出が見事に融合した心理ドラマ。 |
◆総括
『水曜日が消えた』は、多重人格という題材を奇抜なサスペンスとしてではなく、誰の心にも潜む「分裂と再生」の物語として描いた繊細な作品だ。
中村倫也が見せた七つの人格の演じ分けは、技術的な挑戦を超え、“人間とは何か”を静かに問いかける演技だった。劇的な展開よりも、日常の音や光で心情を語る演出が印象的で、観る者の想像力に委ねる構成が美しい。
「消えた水曜日」は、感情をリセットし、自分を取り戻すための“内なる余白”の象徴だ。だからこそ、観る者の中にも、それぞれの“水曜日”が存在する。
派手なアクションも衝撃的な結末もないが、静かな余韻が長く残る――この映画は、喧騒の時代にこそ必要な“心の静寂”を描いた一篇の詩のような作品である。
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