腕時計を22本買った俺が、グランドセイコー『雪白』と『白樺』に辿り着くまで

腕時計を22本買った俺が、最後にグランドセイコーへ辿り着いた話|外面磨きと所有欲

ここ3年くらい、俺がハマっているものの一つが腕時計だ。

今日も会社には、GRAND SEIKOの「雪白」をはめてきている。

こうして腕元にある雪白を眺めていると、最初からこういう時計を選んでいたような気もするが、実際はまったく違う。

Apple Watchから始まり、OMEGAとSwatchのコラボ、IWC、MONTBLANC、HAMILTON、TISSOT、CITIZEN、SEIKO、G-SHOCK。そしてGarminやFitbit、Amazfitまで。

気がつけば、2025年3月頃までに22本もの時計を買っていた。

今振り返れば、「時計が好きだった」という一言だけでは説明できない。

買うことそのものにハマっていた時期もあったし、高級時計には資産価値があると思っていた時期もあった。そして、何本も持っていること自体が、どこか自分を満足させていた時期もあった。

ただ、時計を大量に買い、大量に売り、レンタルまで経験して、今は少し考え方が変わった。

俺にとって腕時計は、単に時間を見るものではなくなった。

外面を整えるものでもあり、自分の所有欲を満たすものでもあり、そして自分が何を格好いいと思うのかを映すものになった。

始まりはApple Watch Ultra 2だった

最初に買ったのは、Apple Watch Ultra 2だった。

2023年10月、Apple Storeで12万8千円を出して購入した。

今になって考えると、スマートウォッチに12万円以上というのもかなりの金額だが、当時はそれほど抵抗を感じなかった。

もともとApple製品を使っていたこともあり、腕時計というよりは「Appleの新しいガジェットを買う」という感覚の方が強かったと思う。

通知を見る。運動を記録する。心拍数を見る。決済に使う。

機能だけを考えれば、非常に便利だった。

ただ、このApple Watch Ultra 2を毎日腕につけるようになったことによって、俺の中で少しずつ変化が起きた。

それまであまり意識していなかった「腕元」が気になるようになったのだ。

時計の大きさ、色、ベルト、服との組み合わせ。

腕に何をつけているかで、人から見た印象も少し変わる。

そこから俺の興味は、スマートウォッチだけではなく、普通の腕時計へ広がっていった。

OMEGA×Swatchから、高級時計へ

年をまたいだ2024年4月。

次に買ったのが、OMEGAとSwatchのコラボのMOONPHASEだった。

価格は約9万円。

見た目も面白かったし、OMEGAとのコラボという部分にも惹かれた。

ところが、この時計はほとんどつけて出かけなかった。

買う前はあれほど欲しかったのに、手に入れてしまうと満足してしまう。

今思えば、この頃からすでに「時計を使うこと」よりも「時計を買うこと」が楽しくなっていたのかもしれない。

そして、その頃の俺の頭には、なぜか昔どこかで聞いた言葉が残っていた。

「時計は借金してでも買え」

今考えると、たぶん聞き間違いだと思う。

誰がそんなことを言ったのかもよく覚えていない。

それでも、その言葉だけが妙に頭に残っていた。

そして俺は、高級時計というものは単なるぜいたく品ではなく、ある程度の資産価値があるものだと考えるようになっていた。

良いブランドの時計なら、多少無理をして買っても価値が残る。

最悪、売ればいい。

そう思っていた。

100万円のIWCをローンで買った

そして2024年6月。

IWCのパイロット・ウォッチ・クロノグラフ TOP GUNを購入した。

価格は約100万円。

現金一括ではない。

ローンで買った。

今こうして文章にすると、「時計をローンで100万円」というのは、かなり思い切った買い物に見える。

でも、当時の俺にはそれほど無謀なことをしているという感覚がなかった。

高級時計なら価値が残る。

IWCなら売ることもできる。

だから、多少無理をしても大丈夫。

そんな理屈が自分の中で出来上がっていた。

そして実際、高級時計を腕につける満足感はあった。

スーツの袖口から少しだけ時計が見える。

それだけなのに、自分が少し格上げされたような気分になる。

時計に興味がない人からすれば、スマホを見れば時間は分かる。

それでも、俺にとって時計は、時間を見る道具ではなくなっていった。

気づけば22本になっていた

そこから2025年3月頃まで、俺は何かに取りつかれていたように時計を買った。

数えると、22本。

その中にはIWCもあれば、MONTBLANCのような少し変わったものもあった。

特に多かったのがダイバーズウォッチだ。

HAMILTON、TISSOT、CITIZEN、SEIKO。

ブランドに強いこだわりがあったわけではない。

ネットや店頭で見て、

「これ、格好いいな」

と思えば買う。

かなり単純だった。

ケースが大きい。
文字盤が格好いい。
ベゼルが好み。
値段が思ったより安い。

それだけで十分な購入理由になっていた。

新しい時計が届くたびに箱を開けるのも楽しかった。

腕につけて、角度を変えて眺める。

次の日はどの時計を会社につけていこうかと考える。

最初のうちは、それで良かった。

ところが2025年に入った頃から、だんだん飽きてきた。

気づけば時計は、腕につけるものではなくなっていた。

箱に入れて保管し、ときどき取り出して眺めるだけ。

完全に観賞用だった。

22本も持っているのに、日常的につけるのはほんの数本。

この頃から、少しずつ違和感を持つようになった。

俺は時計が好きなのか。

それとも、時計を買うことが好きだったのか。

暗がりの中に置かれた腕時計のイメージ
買う楽しさから、いつしか眺めるだけになっていた腕時計

今度はGarmin、Fitbit、Amazfitへ

2025年以降、今度は高級時計からスマートバンドへ興味が移った。

安くて、軽くて、体調管理ができるものだ。

Garmin。
Fitbit。
Amazfit。

一通り揃えた。

睡眠が分かる。
心拍数が分かる。
歩数が分かる。
運動量も記録できる。

高級時計とはまったく方向が違う。

だから自分では、以前の時計収集とは別物だと思っていた。

でも、冷静に考えると同じだった。

スマートバンドは、つけなければ意味がない。

Garminをつければ、Fitbitはつけられない。

Fitbitをつければ、Amazfitは箱の中に入る。

健康管理をするための時計なのに、何本も持ってどうするのか。

当たり前の話なのだが、そのときの俺はまた同じことを繰り返していた。

TAG Heuer Connectedを売ろうとしたことが転機になった

その考え方が変わるきっかけになったのが、TAG Heuer Connectedだった。

高級時計メーカーのTAG Heuerが作るスマートウォッチ。

この組み合わせに惹かれて、これも買った。

しかし、やはり使わなくなった。

そこで売却しようと思い、宝石市場に買取依頼の電話をした。

TAG Heuerなのだから買い取ってもらえるだろうと思っていた。

ところが言われた。

「TAG Heuerですが、スマートウォッチは扱っていません」

なるほどと思った。

TAG Heuerの名前がついていても、スマートウォッチは普通の高級時計とは違う。

そこで、メルカリとPayPayフリマで売ることにした。

そしてTAG Heuer Connectedを売ろうとしているうちに、急に思った。

「これだけじゃなくて、他の時計も売ればいいんじゃないか」

そこからG-SHOCKのG-STEELなども次々と手放した。

最初は1本売るだけのつもりだった。

でも一度「売る」という方向に頭が切り替わると、今度は箱に入っている時計を見るたびに、

「これは本当に必要なのか?」

と思うようになった。

最後につけたのはいつだったか。

またこれをつけて外へ出るのか。

そう考えると、答えは簡単だった。

ほとんど必要なかった。

売却したら約150万円になった

高く売れたものばかりではない。

むしろ、「こんな値段になってしまうのか」と思いながら手放した時計も多かった。

それでも本数があった。

最終的に売却した金額を合計すると、約150万円になった。

もちろん150万円儲かったわけではない。

買ったときには、それ以上の金額を使っている。

自分が払ったお金の一部が戻ってきただけだ。

ただ、150万円という数字を見て、少し考えさせられた。

これだけの金額になるものを、俺は箱の中に入れて、たまに眺めるだけにしていた。

そして、不思議なことに時計が減るほど、気持ちは軽くなった。

そこで、突然気づいた。

今までのように衝動に駆られて買ったところで、何も得るものはない。

欲しい。

買う。

届いて嬉しい。

しばらく使う。

飽きる。

箱に入れる。

また次が欲しくなる。

結局、この繰り返しだった。

黒い文字盤の腕時計のイメージ
何本持つかではなく、どう腕時計と付き合うかを考えるようになった

「買う」から「借りる」へ

とはいえ、腕時計そのものを嫌いになったわけではない。

時計は好きだった。

だから、今度は所有せずに楽しむ方法を考えた。

レンタルで借りて、季節限定で時計を変えるのはどうだろう。

春はこの時計。
夏になったら別の時計。
秋になったら返して、また違うものを借りる。

そんな付き合い方なら、何本も所有する必要はない。

そこでWATCH RENTを使って、GRAND SEIKOのSBGX059を借りることにした。

月額は約1万2千円。

これが俺にとって、大きな転換点になった。

SBGX059がGRAND SEIKOを教えてくれた

SBGX059自体は、30万円もしない時計だった。

しかし、実際につけてみるとGRAND SEIKOの良さが詰まっていた。

派手ではない。

遠くから見て誰もが高級時計だと分かるわけでもない。

でも、ケースや文字盤を近くで見ると、妙にきれいだった。

毎日つけても嫌にならない。

スーツにも合う。

変に主張しない。

それまで俺が好んでいたダイバーズウォッチとは全然違う魅力だった。

そして、

「GRAND SEIKOの何かを、自分で一本持ってみたい」

と思うようになった。

時計を売ったことで資金はある。

そのお金の一部を再投資したところで、生活が苦しくなるわけでもない。

そう考えた。

以前のように、借金をしてでも買うという話ではない。

一度整理して戻ってきた資金の中から、本当に欲しいものを選ぶ。

俺の中では、それだけでもかなり違っていた。

雪白と白樺に出会った

そこで出会ったのが、「雪白」と「白樺」だった。

雪白は、このとき初めて知った。

ネットやYouTubeで調べていくうちに、その良さがどんどん分かってきた。

一方の白樺は、2023年頃から姿だけは知っていた。

特徴的な文字盤だったので、何となく記憶に残っていた。

ただ、その頃はどんな時計なのかも、いくらするのかも知らなかった。

まず俺が購入したのは雪白だった。

価格は90万円前後。

雪白の文字盤とパワーリザーブに惹かれた

雪白は、本当に文字盤がきれいだ。

単純な真っ白ではない。

細かな凹凸があり、光の当たり方によって表情が変わる。

会社でふと腕元を見たときでも、角度によって文字盤が違って見える。

そして俺が特に気に入ったのが、パワーリザーブ表示だった。

文字盤の一角にある、4分の1ほどの円形をした部分。

ゼンマイの残量を示すものなのだが、正直なところ、俺にとっては実用性以上に見た目が重要だった。

あの4分の1の円があることで、

「機械式の高級時計を所有している」

という気持ちを満たしてくれた。

必要不可欠な機能ではない。

でも、そういうものこそ所有欲を満たしてくれる。

雪白を腕につけて眺めているだけで満足できた。

時計を22本持っていた頃とは、まったく違う満足感だった。

YouTubeを見漁る俺を、家内も知っていた

俺は新しいものを買うと、YouTubeを見漁る癖がある。

買う前だけではない。

買ったあとも見る。

レビュー、実機紹介、比較動画、所有者の感想。

同じ時計を何度も画面で見ながら、

「やっぱり、これを買って良かった」

と確認しているようなところがある。

雪白を買ったときも同じだった。

家で何度も動画を見ていたので、当然、家内も俺がGRAND SEIKOにハマっていることを知っていた。

たぶん、

「また時計を見ている」

くらいに思っていたのだと思う。

雪白を調べていたら、必ず白樺が出てくる

そして雪白について調べている中で、改めて白樺の存在が気になり始めた。

GRAND SEIKOの人気モデルを紹介する動画やランキングを見る。

俺の感覚では、雪白が3位くらいだとすると、1位には決まって白樺が出てくる。

「そんなに白樺って良いのか?」

そこから今度は白樺の動画を見始めた。

時計表面が驚くほどきれいだった。

写真でも分かるほど立体的な文字盤。

雪白も実物を見ると非常にきれいだった。

ということは、

「白樺は実物で見たら、俺が想像している以上にきれいなのではないか」

と思った。

一度そう考えると、もう気になる。

雪白を買って、これで落ち着くはずだったのに。

俺はまたGRAND SEIKOを見ていた。

白樺のベルト合わせで「これが現実なんだ」と思った

そして、白樺も購入した。

今思えば、雪白が届いたときも嬉しかった。

箱を開けた瞬間の高揚感は確かにあった。

しかし、白樺は少し違った。

白樺が届き、時計店へ持っていってベルトのサイズを合わせてもらっているときだった。

店員さんがコマを外して、自分の腕に合う長さに調整している。

その作業を目の前で見ながら、俺は不思議なくらい感慨に浸っていた。

「本当に、これが自分の時計になるんだ」

そして、

「これが現実なんだ」

と思った。

ネットで何度も見た。

YouTubeでも何度も見た。

ずっと画面の向こう側にあった白樺が、今、自分の腕に合わせて調整されている。

22本も時計を買ったことがある人間なのに、このときの感覚は特別だった。

調整が終わり、腕につける。

やはり文字盤は想像以上にきれいだった。

画面では分からない光の入り方がある。

角度を変えるたびに表情が変わる。

時計を何本も見てきたのに、

「時計って、こんなにきれいだったのか」

と思った。

22本持っていた頃より、今の方が満足している

こうして振り返ると、俺の時計との付き合い方はかなり遠回りをしてきた。

Apple Watch Ultra 2から始まり、約1年半ほどの間に22本。

高級時計も買った。

ローンも使った。

スマートバンドにもハマった。

箱の中に時計が増え続けた。

そして、それらを大量に売った。

売却額は約150万円。

その後、買わずに時計を楽しもうと、レンタルまで使った。

そのレンタルで借りたSBGX059からGRAND SEIKOを知り、雪白へ行き、白樺へ辿り着いた。

結局、また高級時計を買っている。

だから、

「何も変わっていないじゃないか」

と言われれば、確かにそう見えるかもしれない。

でも、自分の中ではかなり違う。

以前は、欲しいと思ったものを次々と買っていた。

今は、本当に自分が好きなのかを考える。

そして買ったものを、実際に使う。

今日も会社に雪白をはめてきている。

時計は箱の中で価値を発揮するものではない。

少なくとも俺にとっては、腕につけて初めて意味がある。

仕事中にふと腕元を見る。

雪白の文字盤に光が当たる。

それを見るだけで、

「やっぱり、この時計はいいな」

と思う。

俺にとっての「外面磨き」は、数ではなかった

外面を磨くというと、良い服を着るとか、高い時計をつけるとか、そういう話に見えるかもしれない。

俺自身も、昔は少なからずそう思っていた。

高級時計を腕につければ、自分が少し格上げされる。

何本も時計を持っていれば、自分の選択肢が増える。

でも、22本持ってみて分かった。

数を増やしたからといって、自分まで格好良くなるわけではない。

高いものを持ったからといって、自分の価値が上がるわけでもない。

本当に大事なのは、自分が何を選ぶかだと思う。

自分が心から良いと思えるものを選ぶ。

そして、それを実際に使う。

他人に見せるためだけではなく、自分自身が腕元を見て満足できるものを身につける。

それが今の俺にとっての、腕時計を使った外面磨きなのだと思う。

雪白も白樺も安い時計ではない。

それでも、以前のように時計が箱の中に22本並んでいた頃より、今の方がずっと満足している。

「時計は借金してでも買え」

そんな言葉から始まったような俺の時計遍歴だが、今なら少し違うことを思う。

借金してでも買う必要はない。

何本も買う必要もない。

でも、自分が本当に気に入ったものを見つけたなら、それを身につけて生活する楽しさは確かにある。

今日も会社で雪白を腕につけながら、そう思っている。

あれだけ遠回りしたからこそ、この一本を見たときに感じる満足感も、以前とは違うのかもしれない。

外面磨きは、高いものを増やすことではない。

Apple Watch Ultra 2から始まり、IWCやダイバーズウォッチ、スマートバンドまで、気づけば22本もの時計を買っていた。

その後、多くの時計を手放し、レンタルも試し、最終的にGRAND SEIKOの「雪白」と「白樺」に辿り着いた。

以前は、欲しいと思えばすぐに買っていた。しかし今は、数を増やすことよりも、自分が本当に気に入ったものを選び、それを実際に使うことの方が大事だと思っている。

腕時計だけではなく、服や靴、バッグ、ガジェット、日頃の清潔感づくりも同じだ。

他人からどう見えるかだけではなく、自分自身が身につけていて気分が良いものを選ぶ。

俺が実際に使っているものや、外面磨きのために取り入れているアイテム、気になっているものは、以下のページにまとめている。