“理想の男”を演じた大学教授は、いつしか本物の悪へ堕ちていく――実話ベースの危険な恋愛クライムコメディ。
◆【映画】『ヒットマン』(2023年)の作品情報
- 原題:Hit Man
- 監督・脚本:リチャード・リンクレイター
- 脚本・製作・出演:グレン・パウエル
- 原案:スキップ・ホランズワース『Hit Man』
- 出演:アドリア・アルホナ、オースティン・アメリオ、レタほか
- 配給:Netflix、KADOKAWA
- 公開:2024年
- 上映時間:115分
- 製作国:アメリカ
- ジャンル:クライムコメディ、ブラックコメディ、ロマンス、サスペンス、犯罪ドラマ
- 視聴ツール:Netflix、字幕、自室モニター、SONY WH-1000XM6
◆キャスト
- ゲイリー・ジョンソン:グレン・パウエル 代表作『トップガン マーヴェリック』(2022年)
- マディソン・マスターズ:アドリア・アルホナ 代表作『モービウス』(2022年)
- ジャスパー:オースティン・アメリオ 代表作『ウォーキング・デッド』(2016年)
- クローデット:レタ 代表作『グッド・ボーイズ』(2019年)
- フィル:サンジェイ・ラオ 代表作『LaRoy, Texas』(2023年)
◆ネタバレあらすじ
ニューオーリンズで暮らすゲイリー・ジョンソンは、大学で心理学と哲学を教える、穏やかで少し地味な男性です。普段は学生たちに人間の欲望や人格について講義しながら、裏では地元警察の技術スタッフとして囮捜査に協力していました。ある日、殺し屋役を務める予定だった警官ジャスパーが職務停止となり、ゲイリーが急きょ代役を任されます。ところが、彼は相手に合わせて別人のような殺し屋を演じる才能を発揮し、依頼人から殺人の言質を引き出すことに成功します。
以後、ゲイリーは変装と演技を駆使して、偽の殺し屋として捜査に参加するようになります。そんな中、夫の殺害を依頼してきた美しい女性マディソンと出会い、彼女の追い詰められた様子に心を動かされます。
ここからネタバレありです。
ネタバレありのあらすじを読む
ゲイリーは、マディソンを逮捕するのではなく、夫から離れて新しい人生を始めるよう助言します。しかし、彼女はゲイリーが演じる殺し屋“ロン”に惹かれ、ゲイリー自身もまた、普段の自分とは違う大胆な人格で彼女に近づいていきます。二人は恋人関係になりますが、マディソンはロンの正体を知らず、ゲイリーも嘘を重ねていきます。
やがてマディソンの夫レイが殺され、状況は一気に危険な方向へ進みます。さらに、ゲイリーの同僚ジャスパーが二人の関係を嗅ぎつけ、恐喝まがいの行動に出ます。追い詰められたゲイリーとマディソンは、ジャスパーを排除するという決定的な一線を越えてしまいます。物語のラストでは、二人は罪を隠したまま夫婦となり、子供にも恵まれた穏やかな生活を送っています。表面上は幸福な結末ですが、ゲイリーが演じていた“偽の殺し屋”が、結果的に本物の犯罪者へ変わってしまったことを示す、皮肉でブラックな余韻を残す終わり方です。
◆考察と感想
『ヒットマン』は、ただのクライムコメディではなかった。軽妙な会話、変装ネタ、恋愛劇、ブラックユーモア――そういったエンタメ要素で観客を楽しませながら、「人は演じることで別人になれるのか?」というテーマを真正面から描いた作品だったと思う。しかもそれを、実話ベースという形で成立させているところが面白い。
主人公ゲイリーは、大学で心理学と哲学を教える、どちらかと言えば“冴えない男”だ。車も地味、服装も地味、趣味は鳥の観察。いわゆる映画的なスター性とは真逆にいる人物として描かれる。しかし、殺し屋役を演じた瞬間に空気が変わる。依頼人ごとに人格を作り変え、その人が想像する“理想の殺し屋”になり切る姿は、まるで俳優そのものだ。
ここで面白いのは、ゲイリーが「演じているうちに変わっていく」という点だ。最初は捜査のための演技だった。しかしマディソンと出会い、“ロン”というキャラクターを演じ続けることで、本来の自分よりもロンの人格に快感を覚えるようになっていく。つまり彼は、演技によって自分自身を書き換えてしまったのである。
これは現代社会にも通じるテーマだと思う。SNSでも仕事でも、人は“理想の自分”を演じる。強そうな自分、余裕のある自分、モテる自分、知的な自分。最初は演技だったはずなのに、いつしかその人格が本物になっていく。『ヒットマン』は、それを極端な形で描いている。
そして本作を単なる恋愛映画で終わらせていないのが、後半のブラックさだ。普通なら、「嘘から始まった恋愛だけど、最後は本当の自分を受け入れてもらいました」で終わる。しかしこの映画は違う。ゲイリーとマディソンは、どんどん倫理観を失っていく。しかもその変化を、“幸せな結婚生活”のように見せながら終わらせる。
ここが賛否両論になる部分だろう。個人的にも、前半の痛快なクライムコメディ路線が好きだったので、「本当にそこまで行くのか?」という感覚はあった。ジャスパーを殺害する流れはかなり強引だし、終盤の展開は現実味よりもブラックジョーク寄りだ。だが、その不快感こそが監督の狙いだった気もする。
作中ではフロイトの“イド”“エゴ”“スーパーエゴ”の話が出てくる。理性や道徳を超えて、自分の欲望を優先する“イド”。最終的にゲイリーとマディソンは、完全にそこへ落ちていく。愛する相手と生きるためなら、邪魔者は排除する。それを二人とも受け入れてしまう。
つまり本作は、「本当の自分を見つけると幸せになれる」という綺麗な物語ではない。“本当の自分”が、必ずしも善人とは限らないという恐ろしい話なのだ。ゲイリーは最初、社会に合わせて生きる無害な男だった。しかし、ロンという人格を演じることで、自分の中に眠っていた攻撃性や支配欲、性的魅力への快感に目覚めてしまった。
また、グレン・パウエルのスター性も非常に大きかった。正直、この役は彼だから成立している。七変化の変装も、ただのコスプレではなく全部サマになる。“軽薄そうに見えて知性がある”“チャラいのに危険な香りもある”という絶妙なバランスが、この作品の魅力を押し上げていた。
特に終盤、ロンとして振る舞う時のオーバーな芝居は、どこかトム・クルーズを思わせる。『トップガン マーヴェリック』以降、“次世代スター”として期待されている理由がよく分かる作品だった。
一方で、リンクレイター監督らしい会話劇のテンポも健在だった。派手な銃撃戦やカーチェイスは少ないのに、会話だけでどんどん空気を転がしていく。その軽やかさがあるからこそ、終盤のブラックな展開が際立つ。
結果として、『ヒットマン』は観終わった後に「面白かった!」だけでは終わらない映画だった。人間は、演じる役によって変わるのか。それとも最初から心の奥に別の顔を隠しているのか。そんな不穏な問いを、笑いと恋愛と犯罪で包み込んだ、かなりクセの強いクライムコメディだったと思う。
◆モテ男目線の考察
この映画で面白いのは、“モテる男”とは顔や筋肉だけではなく、「相手が求める空気を作れる男」だと描いている点だ。ゲイリーは普段地味だが、ロンという人格を演じた瞬間に女性を惹きつける。余裕、危険な香り、聞き上手な姿勢、自信のある話し方――それらが女性を安心させつつ興奮させるのだ。ただし本作は、“演じ過ぎると本当の自分を失う”危うさも描いている。モテるために無理をし続けると、最後には別人になってしまう。そこが本作の怖さだった。
◆教訓
“モテる男”とは無理に誰かを演じる男ではなく、自信を持って相手を安心させながら、自分の魅力を自然に引き出せる男である。
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◆評価
| 項目 | 点数 | コメント |
|---|---|---|
| ストーリー | 20 / 20 | 偽の殺し屋設定が抜群。 恋愛と犯罪の転がり方が巧い。 終盤はかなりブラック。 |
| 演技 | 19 / 20 | グレン・パウエルが魅力的。 変装ごとの演じ分けが楽しい。 アドリア・アルホナも色気がある。 |
| 映像・演出 | 20 / 20 | 会話劇のテンポが軽快。 変装シーンの見せ方が上手い。 コメディと犯罪の混ぜ方も良い。 |
| 感情の揺さぶり | 20 / 20 | 恋の高揚感が強い。 嘘が重なる怖さもある。 ラストの後味が残る。 |
| テーマ性 | 20 / 20 | 演じる自分と本当の自分。 欲望と理性の境界が面白い。 人間の危うさを描いている。 |
| 合計 | 99 / 100 | 軽快なのにかなり黒い傑作。 主演の魅力が作品を押し上げる。 恋愛クライムとして完成度が高い。 |
◆総括
『ヒットマン』は、実話ベースという驚きの設定を土台にしながら、“人は演じることで変わっていく”というテーマを、クライムコメディと恋愛劇の中で描いた異色作だった。前半は変装と会話劇による痛快なエンタメとして楽しめる一方、後半になるにつれて、欲望と倫理観が崩れていくブラックな物語へ変化していく。そのギャップこそが本作最大の魅力だろう。
特にグレン・パウエルの存在感は圧倒的で、冴えない大学教授から、自信に満ちた“殺し屋ロン”へ変わっていく説得力が素晴らしい。軽薄さ、危険さ、知性、ユーモアを同時に成立させる演技は、まさに次世代スター級だった。
また、アドリア・アルホナ演じるマディソンの妖艶さも印象的で、個人的には「中村あんっぽい雰囲気あるな」と感じた。クールな目元と大人っぽい色気、強気なのにどこか危うい空気感が少し似ている気がする。だからこそ、ゲイリーが“ロン”として惹かれていく説得力も生まれていた。
笑えて、少し危険で、最後には妙な後味も残る――『ヒットマン』は、軽快さの裏に“人間の欲望”を潜ませた、大人向けのクライムコメディだった。





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