【映画】『百花』(2022年) 忘れていく母と、忘れられなかった息子。半分の花火が、閉ざされた記憶と愛を静かに照らす物語 | ネタバレあらすじと感想

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映画『百花』(2022)は、認知症の母と息子の記憶の断絶を描いた日本映画だ。
本記事ではネタバレを含め、「半分の花火」が象徴する親子関係と物語の意味を考察する。
忘れていく母と、忘れられなかった息子という非対称な痛みに焦点を当てて読み解く。

映画『百花』(2022)作品情報-忘れていく母と、忘れられなかった息子|記憶の非対称性

監督・原作 川村元気
脚本 平瀬健太朗
出演 菅田将暉、原田美枝子、長澤まさみ、永瀬正敏、河合優実 他
主題歌 KOE「Hello, I am KOE」
配給 東宝/ギャガ
公開年 2022年
上映時間 104分
製作国 日本
ジャンル ヒューマンドラマ/家族/記憶
視聴環境 Netflix/自室モニター/AirPods Pro 3

キャスト

  • 葛西泉:菅田将暉(代表作『花束みたいな恋をした』2021)
  • 葛西百合子:原田美枝子(代表作『そして父になる』2013)
  • 葛西香織:長澤まさみ(代表作『モテキ』2011)
  • 浅葉洋平:永瀬正敏(代表作『ミステリー・トレイン』1989)
  • 永井翔太郎:岡山天音(代表作『キングダム』2019)

あらすじ(ネタバレなし)|映画『百花』は何を描いた作品か

映像クリエイターの葛西泉は、生まれた時から父の存在を知らず、ピアノ教室を営む母・百合子と二人きりで生きてきました。
大人になった泉はレコード会社に勤め、同僚だった香織と結婚します。香織は新しい命を身ごもり、泉は夫として、そして父になろうとする立場に立たされます。

大晦日の夜、泉は一人で実家を訪れます。そこで彼が目にしたのは、公園のブランコに座り、「半分の花火が見たい」と意味の通らない言葉を繰り返す百合子の姿でした。
泉は母の認知症が進行している現実を悟り、介護や生活の立て直しという現実的な問題と向き合うことになります。

ヘルパーの手配、施設探し、空き家になりつつある実家の整理。
目の前の作業を淡々とこなす一方で、泉の心の奥には、長い間封じ込めてきた母へのわだかまりが静かに浮かび上がってきます。
妻の香織は同居を提案しますが、泉はそれを受け入れられません。

母を思いやれない自分は冷たい人間なのか。
それとも、許せない過去がある以上、距離を保つことは正しい判断なのか。
百合子の記憶が薄れていくにつれ、泉だけが「忘れられなかった側」として取り残されていきます。
静かな日常の中で、親子の関係は否応なく試されていくのです。

ここからネタバレありです。

ネタバレあらすじ(開く)

泉が母との同居を拒み続ける理由は、過去にありました。
中学生の頃、百合子は妻子ある男性・浅葉と関係を持ち、幼い泉を家に残したまま姿を消します。
食べる物も尽き、途方に暮れた泉は、偶然見つけた祖母の連絡先に助けを求め、ようやく救われました。

百合子は神戸で浅葉の“妻のふり”をして暮らしていましたが、阪神・淡路大震災を経験し、
崩壊した街の中で、息子と過ごした記憶を強烈に思い出します。
その後、何事もなかったかのように泉の元へ戻りましたが、泉の心の傷は癒えませんでした。

現在、老人ホームで暮らす百合子は、感情や記憶を次第に失いながらも、「半分の花火が見たい」と訴え続けます。
泉は母を湖畔の花火大会へ連れて行きますが、百合子は満足しません。
やがて百合子は息子の存在すら認識できなくなり、泉は実家を手放す決意をします。

最後に泉は百合子を家へ連れ帰り、縁側に座らせます。
近所の花火大会が始まると、建物に遮られ、花火は半分しか見えません。
百合子が見たかったのは、幼い泉と一緒に見たこの花火だったのだと、泉はようやく気づき、静かに涙を流します。

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俺の考察&感想|百花が突きつける「許せない過去」

この映画は、認知症を題材にした感動作として語るには、あまりにも不親切で、あまりにも正直だ。
俺にとって『百花』は、親子愛を描いた物語ではなく、
「許せなかった過去をどう抱え続けるか」という問いを突きつけてくる作品だった。
観終わって残るのは涙ではなく、胸の奥に沈殿する鈍い痛みだ。

葛西泉は、表面上は社会的にきちんと成立した大人だ。
仕事も家庭も持ち、母の介護から逃げない。
だが彼の内側には、子どもの頃に母に置き去りにされた記憶が凍りついたまま残っている。
味噌汁を飲めないという設定は象徴的で、
家庭や母性と結びついた記憶を、身体が拒否している証拠だ。

一方で、母・百合子は決して単純な「被害者」でも「悪者」でもない。
彼女は弱く、身勝手で、母として取り返しのつかない過ちを犯した人物だ。
それでも、息子を愛し、ピアノを教え、必死に生きてきた一人の人間でもある。
認知症によって記憶が削ぎ落とされていく過程は、
彼女の罪と同時に、彼女の言い訳さえ奪っていく。

原田美枝子演じる葛西百合子は認知症により記憶を失っていく
原田美枝子演じる葛西百合子は、認知症によって少しずつ「自分」そのものを失っていく。

この映画の残酷さは、許すか、断罪するかという選択肢そのものを奪ってくる点にある。
母は忘れ、息子だけが覚えている。
この非対称性の中で、怒りの行き場は消え、感情だけが宙に浮く。
記憶とは、持っている側だけが苦しむものなのだと、
観る側に静かに突きつけてくる。

記憶を失っていく百合子と、その母を持つ息子・泉
記憶を失っていく百合子と、すべてを覚えたまま生きる息子・泉。
この非対称性こそが、『百花』の最も残酷な構図だ。

「半分の花火」というモチーフは、この物語の核心だ。
完全な花火ではない。
建物に遮られ、欠けたままの花火。
それは泉と百合子が共有していた過去そのものだ。
完璧ではなく、歪で、不完全だったが、確かに幸福は存在していた。
泉は母に捨てられたという一点だけで、そのすべてを否定してきた。

だが泉自身が父になろうとする立場に立ったとき、視点は変わる。
完璧な親など存在しない。
弱く、間違え、それでも子どもを想う。
その現実を前にして、泉はようやく母を「親」ではなく
「一人の人間」として見るようになる。
許したわけではない。
だが、理解しようとした。
その一歩は決定的だ。

終盤、縁側から見る半分の花火を前にした泉の涙は、
感情の爆発ではない。
それは静かな崩壊だ。
忘れていたのは母ではなく、自分自身だった。
その気づきは救いであると同時に、
もう取り返しがつかないという事実も突きつける。
母はもう、答えてくれないからだ。

『百花』は、親子の再生を安易に描かない。
和解もしない。
カタルシスも用意しない。
だがその代わり、現実と同じ重さの余韻を残す。
俺はこの映画を優しいとは言えない。
だが、これほど誠実な映画もそう多くはない。
観る側の人生経験が、そのまま感想になる。
そんな作品だ。

モテ男目線で読む百花|感情を引き受ける強さとは

『百花』が示すモテる男の条件は、感情の処理能力だ。
泉は母を無条件に許さない。だが、切り捨てもせず、過去を武器にも被害者意識にも変えない。
相手を理解しようとする一方で、自分の痛みからも目を逸らさない。
これは簡単なようで最も難しい姿勢だ。
モテない男は過去を言い訳にする。
モテる男は、過去を抱えたまま現在の振る舞いで信頼を積み上げる。
感情に振り回されず、感情を引き受ける余裕こそが、大人の色気になる。

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教訓・学び

過去の傷を言い訳にせず、理解しようとする姿勢こそが、人の心を惹きつける。

百花の評価と点数|感動作にしなかった理由

項目 点数 コメント
ストーリー 18 / 20 認知症という題材を感動装置として消費せず、
「許せない過去を抱えたまま生きる息子」という視点に徹底した構成が秀逸です。
回想に逃げず、現在進行形の介護と感情の摩耗を描いた点に強い誠実さを感じます。
演技 19 / 20 菅田将暉は怒り・諦め・優しさが混在する息子像を、過剰にならない芝居で体現しています。
原田美枝子の「母であり続けられない母」という存在感が、物語に決定的な重みを与えています。
映像・演出 18 / 20 光や余白を活かした静かな映像設計が、記憶の曖昧さと感情の揺らぎを可視化しています。
花火や縁側といったモチーフを説明に頼らず機能させる演出が印象的です。
感情の揺さぶり 18 / 20 涙を誘う展開は控えめながら、観後に静かに効いてくる感情の残り方があります。
怒りも赦しも未消化のまま残る感覚が、かえってリアルです。
テーマ性 18 / 20 「親だから許されるのか」「忘れた者と覚えている者の非対称性」という問いが鋭いです。
家族愛を美談にせず、人間の弱さを正面から描いたテーマ性が際立っています。
合計 91 / 100 認知症映画という枠を超え、
「過去を抱えたまま大人になること」を描いた静かな人間ドラマ。
観る側の人生経験が、そのまま評価になる一作です。
一言コメント 忘れられない側の痛みこそが、この物語の核心だ。

総括|映画『百花』は誰の人生に刺さるのか

『百花』は、わかりやすい感動を拒むことで、
人生の重さと向き合う映画になった。
半分しか見えない花火のように、
不完全でも確かに存在した愛を、
観る側に静かに託す一作だ。

◆原作でより深く味わう

『百花』単行本(2019/5/15)

川村 元気(著)|★4.0(443件)

映画では描ききれなかった、母・百合子の内面と、
泉が封印してきた記憶の温度が、文章だからこそ静かに伝わってくる。
「半分の花火」が意味するものを、より深く噛みしめたい人には原作も強く勧めたい。



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